小説 川崎サイト



お茶漬け

川崎ゆきお



 笹岡は体調が悪くなると食欲もなくなる。食べる気がしないのだが空腹感はある。それが食欲に結び付かないのを不審がった。
 空腹感とは、胃が催促しているのが伝わる感覚だ。
 これは食べることが好ましいと思う。そんな時でも食べられる食べ方がある。笹岡はお茶漬けなら食べることができた。
 笹岡は自炊しているが、常にご飯があるわけではない。食べる分だけ炊いている。
 笹岡は動こうとした。腹が減っているため、寝転ぶのにも体力がいる。睡眠は結構体力を使うのだ。食べていれば、それほど問題はない。食べていないから寝る力も出ない。
 疲れ果てて寝る場合、もう体力は残っていないわけではない。疲れていることと体力の残り値とは違う。
 笹岡のこの勝手な理屈は、笹岡の中では通じる。痩せた笹岡にとり、体に蓄えた脂肪を使うのは正に骨身を削る思いなのだ。
 そうでなくても、腹が減り過ぎると落ち着かず、眠るに眠れない。
 それでコンビニへ行くことにした。お茶漬けになるものを買うためだ。
 ドアを開けると雨が降っていた。傘を差す体力が必要だ。僅かなことだが、些細な違いがとんでもない結果を導くこともあるのだ。しかし、小雨なので、そのまま出た。
 笹岡がコンビニで買おうとしているのは、オムスビ類だった。お茶漬けなので、ご飯物でないといけない。食パンに牛乳かけて食べるのも悪くはないが、気持ちが悪い。それは食欲のある時の冒険で、今、そんな勇気はない。
 海苔で包んだオムスビで、中に鮭かタラコが入っているのが好ましい。梅干しでもよいが、酸いより辛い方がお茶づけ向きだ。
 つまり、オムスビを茶碗に入れ、そのまま熱いお茶を注ぐことでお茶漬けができる。
 コンビニのオムスビは茶碗に入れてばらすと、意外と量はない。茶碗に半分なら食べ切れる笹岡にとり、理想的な量だ。
 コンビニへ向かう途中で雨脚が強くなった。しかし数分の距離なので、問題はない。
 そして目的のオムスビを買った。もう選択を楽しむ体力もないので、鮭を買った。正面にあり、つかみやすかったからだ。梅干し以外なら問題はない。
 傘を買うのもしゃくなので、そのまま歩く。濡れるがすぐの距離なので、我慢する。
 雨脚がきつい。これでは傘があってもどうせ濡れるのだが、髪の毛や顔が濡れるのは、ダメージが大きい。
「誰が水漬けが食べたいと言った。誰が……」
 笹岡は雨中泳ぐように歩きながらそう呟いた。
 
   了
 
 



          2007年7月18日
 

 

 

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