小説 川崎サイト

 

隅の埃


 何の事務所かは分からないが、個人事務所。だから小さい。建物も古い。場所もオフィス街から離れている。町名一つで安くなる。
「何かありますか」
 訪問者が聞く。
 仕切りが一つあり、そこに接客用のテーブルがある。
「何もありませんねえ」
「ありませんか」
「まあ、無理に探せばあるにはありますがね」
「ほう、どのような」
 訪問者は身体を乗り出す。
「部屋の角に埃が溜まりましてねえ。既に綿ぶく状態です」
 訪問者は事務所の角を見るが、どの角も物が置かれている。
「ここじゃありません」
「分かっています。冗談です」
「これが気になってましてねえ。さっと箒で掃けば済むこと。しかし、その行為には至らない。何故だと思います」
「さあ」
「少し綺麗になるだけです。まあ、普通になるだけで、綺麗さが新たに加わるわけじゃないですが、この隅は板の間でしてね。いい木を使っているので、磨けば光るかもしれません」
「何かあるとはそのことですか」
「いや、その程度のことじゃ何ともならないでしょ。ただの掃除ですよ」
「私に掃除を依頼したいと」
「何かないかといわれたのでね。その程度しかないということですよ。頼めますか」
「分かりました。引き受けましょう」
「わざわざあなたが出るほどの用事ではないでしょ」
「他に何もないので」
「そうですか。じゃ。お願いします」
「その部屋の角の埃だけでいいのですね」
「そうです。そこだけです。そこに溜まりやすいのです」
 訪問者は地図を書いてもらい、鍵を預かった。
 場所は郊外。住宅地。
 地図にある建物を見付け、玄関口に預かった鍵を差し込むと、カチッと開いた。
 そして、建物に入り、教えれた部屋に入る。二畳ほどの板の間。その隅は一箇所。
 確かに埃が溜まっていた。
 そのまんまの依頼だった。
 
   了


2019年10月4日

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