小説 川崎サイト

 

風魔


 台風が近付くと岩田翁は頭が痛くなる。低気圧のためだろう。それに妙に気温が上がり、生温かくなる。そろそろ暖が欲しいと思っているときに、暑さが戻ったような感じで、この急激な温度差のためか、身体も重くなる。中が付いてこないのだろう。
 岩田翁は風魔のことを思い出した。それは台風の直撃を受けたときだ。空気の玉のようなのが飛んできてフワフワ漂っていた。どこから入り込んだのか、野球のボールぐらいの大きさ。そんな隙間はないはず。もしやと思いトイレに行くと、その窓がボールが通る程度開いていた。便所の戸は閉まっている。だから岩田翁が入って出たとき一緒に付いてきたのだろう。岩田翁の部屋は奥まったところにあるが、戸はほとんど開けている。だから家の中を飛び回っていたのだろう。
 それが風魔。
 岩田翁はそっとその風魔を両手の平でひよこのように軽く捕まえた。そしてフワフワした玉の奥に目鼻らしきものを見た。怖い顔をしている。
「誰だ」と岩田翁が聞くと「風魔」だとこたえた。そう聞こえたのかもしれない。
 風魔は南方の悪魔で、台風の目の中に閉じ込められ、ここまで来たらしい。台風から目がなくなり、ただの低気圧に変わったとき、飛び出たのだろう。時間的にも岩田翁の真上を通過した直後だ。このとき、既に低気圧に変わっていた。
 風魔は幻のような存在で、手応えがない。岩田翁はぐっと両手で握ってもスカスカ。物理的なものではないのなら、台風の目に閉じ込められることもないはずだが。
 しかし、風には弱いらしい。影響を受ける。特に空気の渦に弱い。風の悪魔なのだが、風に弱いのだ。
 戻りたいかと問うと、頷いたように見える。しかし、便がない。南方へ向かう便が。
 しかし、何度か、そういうことがあったらしく、帰る方法を知っているらしい。それは海流。かなり遠回りになるが太平洋を半周以上するコースがあるらしい。
 それは遠いだろ。台風なら一週間でここまで来られるはず。海流では遅いし、何処へ流されるか分からんだろうだろと聞くと、コースは分かっているらしい。
 この風魔、自力で動ける距離はしれているらしく、遠距離移動はできない。だから風に流されるとかでないと無理。
 それでは南方へ向かう飛行機か船に入り込めばいいと岩田翁が進めると、閉じ込められるのは嫌だという。
 物理的な存在ではないはずなのだが、壁抜けはできないようだ。何処かこの世の影響を受けているのだろう。だから岩田翁にも見えるのだ。ただ、かなり薄い。よく見ないと、玉の奥にある目鼻は見えない。
 結局、この風魔、一番効率がよく、そして自然な方法で南に帰ることに決めたようだ。
 それは渡り鳥にくっつくこと。
 その季節になるまで、岩田翁の家にいた。
 風魔、南の島での本当の名前は直訳すると魔球とか。知らなくてもいい知識だ。
 
   了

 


2019年10月14日

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