小説 川崎サイト

 

慣れきる


「まあ慣れるほどやることだね」
「なかなか慣れません。それに馴染めないです」
「慣れることは熟れること、成れること。慣れた状態になれば成功したようなものですよ」
「成功ですか。ただの慣れでしょ」
「慣れるだけでも実は大変。月日がかかります。ある程度の期間がね。貴重な時間をそこで使うわけですから、その時間消費分の成果が慣れるということですよ」
「分かるような気がしますが、一発でできないのですね」
「そうです。だから貴重なのです」
「慣れ損なって終わってしまった場合はどうなります。時間の浪費ですか」
「そうですね。無駄なことをして過ごしただけになります」
「だけ、ですか。それが何かあとで意味が出てきたり、その過程があったからこそいいことと遭遇したりとかはないのですか」
「ありません。無駄を認めたくないだけです。無駄は無駄です。しかし、退屈してる場合、それで時間が稼げたので、無駄ではないのですがね」
「退屈などしていません」
「慣れるとはそもそも続けないと何ともなりません。続けてこそ慣れてくるのです。これはいい意味でも悪い意味でも」
「はい」
「苦しいことでも慣れてくるとそうでもなくなってきます。決して楽しいことに変わるわけじゃありませんが、以前ほど苦しくはありません。慣れてきたからです」
「どんどん苦しくなることもあるでしょ」
「そんなときは、もう辞めるでしょ」
「ああ、なるほど」
「面倒なことでも慣れで解決することが多いのです。特別な知恵もテクニックも必要じゃありません。ただただ続けているだけ」
「それで成功するのでしょうか」
「いや、慣れただけで、十分成功ですよ」
「はあ」
「ほとんどのことは慣れで解決します」
「そうなんですか」
「こなれた人がいますね。これは慣れた人ですよ」
「慣れると熟するということですか」
「簡単でしょ、方法が。シンプルだ。種も仕掛けもない。特殊な能力もいらない。慣れさえすればいいのです」
「はあ」
「新入学、初めて見る同期生。こんな顔が世の中にあることは分かっていますが、見たことのない人達でしょ。特に変わった顔でなくても、初顔です。どういう声を発するのか、どういう人なのかも、まったく分からない。ところが学校などではすぐに慣れてきます。一年後にはすっかり顔馴染み、そして馴れ馴れしくできるようにもなっているはず。いつもの顔ぶれがいつも通りそこにいる。そうでしょ。そしてこのメンバーでないと落ち着かない。他のメンバーは考えられないほど馴染んでしまいます。良い状態のクラスだとね」
「確かにそうですが」
「入学当時、教室内でそれらの顔を見たときの印象と随分違うでしょ。一年後はもう見飽きたような人達になっているはずです」
「それが」
「そう、それが慣れるということですよ。慣れるだけで、もう十分」
「特に何もしていませんねえ」
「そうじゃないでしょ。細々とやっているでしょ。色々と距離を測りながら、接しているでしょ」
「はい」
「他のことでもそうです。慣れることが一番大事。どんな状況、環境下でも、慣れは強い味方になるでしょう」
「でも師匠の話、毎回毎回聞いていますが、似たような話ばかりで、すっかり慣れたのですが、飽きました」
「慣れると飽きる。そこです」
「何か解決策は」
「それはまだ慣れきっていないからです。慣れたと思うのはまだ早い。飽きるにもまだ早い」
「慣れた頃が危ないといいますねえ」
「だからまだ慣れ切れていないのですよ」
「それは何処まで続くのですか」
「さあ」
「頼りないですね師匠」
「師匠としての私もまだ慣れ切れていないのじゃよ」
 
   了


2019年10月15日

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