小説 川崎サイト



半閉じの傘

川崎ゆきお



 買った傘がうまく閉じない。
 そういうものかと思いながら白木は飯屋の傘立てに突っ込んだ。
 すると、上手くすぼまった。
「最近の傘、こんなものかね」
 白木は飯屋の主人に言う。
「傘がどうしたって?」
「いやね、うまく閉じないんだよ」
「開きっぱなしなの?」
「閉じたよ」
「え、よく分からんけど」
「傘立ての穴に突っ込んだら、閉じた」
「紐がついてるでしょ。くるっと留めりゃいいんだよ」
「今までその必要はなかった」
「そういう傘なんだから、留めないと」
「今日の定食は何?」
 白木は話をそこで終わらせた。
「サバの煮付けだ」
「またか」
「定食の定番だよ」
「僕は魚は好きじゃないんだ」
「じゃ、他のにすれば」
 白木はおかずの入っているケースの前に立つ。見なくても相変わらずのものが並んでいる。
「やっぱり定食でいいよ」
 定食が割安なのを白木はよく知っていた。味噌汁と、もう一品付く。これをバラバラに注文すると高くなるのだ。
「シッポ側を頼むよ」
「はいはい」
「ところで、あのビニール傘なんだけどね。パッと開くタイプなんだ。それでうまく閉じないのかなあ。今、思いついたんだけど」
「ビニールはくっつくでしょ。バネの力だけでは開かないんじゃない」
「ビニール傘で、そのタイプ買ったことあるか?」
「ないよ。傘なんていくらでもあるさ」
 忘れ物の傘が溜まっているようだ。
「交換しないか?」
「お客さんの傘だからね、勝手に取り引きできないよ」
「誰が忘れた傘なのか分かってるの?」
「ああ、大体ね。でも、馴染み客じゃないから、もう来ないかもしれないなあ」
「しかし、うまく閉じないのが気になる」
「不良品じゃないの? そんな傘見たことないよ」
「そうだなあ。買ったばかりなのに、ゆるい」
 白木の前にサバの煮付け定食が置かれた。白木はしっかりと両手を合わせ、合掌してから食べ始めた。
 
   了
 
 


          2007年7月20日
 

 

 

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