小説 川崎サイト

 

ススキが原の妖怪


 秋空であることは暦を見れば分かるのだが、ススキの穂が辺り一面を覆っている。これは抜くのに力がいる。根が強いので、掘り起こさないと抜けないだろう。だが刈ることはできる。
 宮下はそんなことを思うと同時に、遠くまで来てしまったことに気付く。そんなススキの原などある場所が遠くにあるのではなく、過ぎ去った年月が遠いところまで来ていること。こちらのほうだ。
 宮下はススキが原に来たのは妖怪がいると聞いたため。そんなことで身体を動かし、遠くまで来ているのだから、その人生そのものも遠いところを彷徨っているようなもの。この年になって妖怪など探しに行くだろうか。いったいどういう了見だろう。
 ススキが原の妖怪は河童のようなものだと思っていたが、蝦蟇の大きなものだとあとで分かった。しかし、実際にはそれではなく、ススキの妖怪が出るらしい。これが最新の情報。細い身体で、箒のような顔をしたのが出るのだろうか。それともススキとは関係のない形なのか、それは分からない。
 ススキの中へ分け入り、奥へ奥へと宮内は進んだ。身体をねじ込むと、身体がすり切れそうだ。それに引っ張ったぐらいでは切れない。
 そして、少しまばらな場所に出た。歩きやすくなったのだが、ススキが原の中庭のようだ。ここだけススキが少ない。
 その中に、黒いシルエット。
 すわ、出たなと宮内は身構えるが、どう見ても人のシルエット。しかし猫背。年寄りだろう。幅広の帽子を被っており、近所の農夫ではなさそうだ。そしてコートのような長いものを羽織っている。
 もしやと思い、宮内は声を掛けた。
「妖怪博士ですか」
 シルエットの顔がこちらを向いた。
「はい、そうです。よくご存じで」
「写真を拝見したことがありますし、ススキが原の妖怪について書かれたのも読んでいます。まさかご本人がおられるとは」
「ああ、あの続編を書こうと思いましてな。どうも尻切れ蜻蛉で終わったので」
「僕も気になっていました。何故なら、どんな姿なのかが分からないままなので」
「そうですなあ」
「それで、妖怪を探して、実物を見るため、来られたのですか」
「いやいや、そんなものは見つかりませんよ。ただ、それらしい何かを感じ取ろうとしていただけじゃな」
「そうですか、僕もその流儀です」
「いかにも何かがいそうな場所じゃろ」
「そうなんです」
「こういう場所を探すのが私の仕事でね。本当はそこで終わっている。妖怪はおまけじゃ」
「そのおまけに興味がいきまして」
「この先に子供が作った舟があります。ススキ船でしょうかな。よくできています」
「そうですか」
「おそらくススキの妖怪は、藁人形のようなものではないかと思われる」
「案山子ほどの大きさなら、十分妖怪に見えますねえ」
「ススキで編んだ案山子のようなもの。私が見たのは舟じゃが、ああいったものと同種でしょうなあ」
「子供がススキで編んだものですか。それが妖怪の正体」
「おそらく」
「参考になりました。それが解答編なのですね」
「まあ、そうです」
「有り難うございました」
「しかし、こんな辺鄙なところまで、よく来ましたなあ」
「はい、遠くまで来てしまいました」
「それはそれは」
「博士も、遠くから来られたのでしょ」
「わざわざね」
「ご苦労様です」
「じゃ、これで失礼する」
「はい、僕はもう少し探索して帰ります」
 青年は妖怪博士を見送った。後ろ姿が小さくなり、やがてススキの生い茂る白い中へ消えていった。
 蜻蛉を追いかけたまま戻ってこない人のように。
 
   了


2019年10月26日

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