小説 川崎サイト

 

風邪の王


 風邪が入ったのか立花は鈍化した。動きが鈍くなったのだが、頭は愚鈍。だが、愚鈍な頭が早くなる。風邪のためだろうか。頭の中だけ風が吹き、それで追い風になっているらしい。向かい風のときは、まだ風邪が入る前なので、相変わらず鈍い。
 この頭だけのテンポが早まったとき、立花は変身するようで、そのシャープな動きで、これまでの遅れを取り戻していた。風邪様々だ。しかし、テンポよく切れもよく、いい感じなのだが、身体は鈍化したまま。だから体が付いてこない。普段は頭は愚鈍だが身体の動きは早い方。さて、どちらがいいのか。
 寝込むほどの風邪ではない。そんなときもあるが一週間ほどで治るだろう。ただ、二週間もひと月も風邪っぽい状態がグズグズ続くこともある。このグズグズのときは頭は愚鈍に戻っている。だが、身体は戻らず、動きは鈍い。さて、どちらがいいだろうか。
 立花はたまに風邪を引く程度なので、引いている間は僅かな期間。そこでの頭の冴えを活かそうとしても、途中で風邪が治り、再び愚鈍になる。頭が悪く鈍く、のろま。だが、鈍いだけで馬鹿や阿呆ではない。すこしCPUが遅いだけ。
 それで三日前から風邪の症状が出ているので、チャンスなのだが、身体が鈍化状態なので、何ともならない。だが、頭は冴え渡っている。毎回そうなのだが、物事ができそうでできないジレンマがある。冴えた頭を活かせない。
 それでも今朝も理事長室で座っている。それだけでいい人で、他の役員からは暗愚の君主と呼ばれている。だが、敢えて立花をトップに持ってきたのは役員たちだ。これで、平和が保っている。立花だからこそ治まる。他の誰かがやればバランスが崩れる。
 ただ、風邪の日だけ、非常に優れた頭になることを役員たちは知らない。
 理事長権というのがあり、これは王命に近い独裁権。この伝家の宝刀を理事長は持っているのだが、歴代のどの理事長も、それを使ったことがない。役員たちの顔色を見ると、使えないのだ。使えば、理事長の座が危なくなる。
 だから理事長の椅子にしがみつきたい人は、使わない。
 立花が考えているのは役員全員の解雇。辞めさせるのだ。これですっきりする。
 冴えた頭で考えたとき、行き着く先はそれになる。これが最善の方法なのだ。
 そして今朝も風邪を引いているので、頭は冴え渡っている。ただ、身体が重い。別に運動をするわけではないので、問題はない。
 それで、役員を呼び出した。
 驚いたのは役員たちで、暗愚の君主が何を言い出すのかと、心配した。今まで一度も立花から働きかけたことがないのだ。
 そして、会議室で、例のことを言い渡そうと招集を掛けたのだが、さて、会議というところで、風邪が治ったようだ。
 早い目に回復してよかったのだが、頭は愚鈍に戻っていた。
 
   了


2019年10月29日

小説 川崎サイト