小説 川崎サイト

 

妖怪研究への道


 ある日、妖怪博士の担当編集者が、何故妖怪の研究を始めたのかを聞いてみた。
 妖怪博士はしばらく黙っている。これは考えを纏めているところだろうか。ということはシカトした理由が最初からなかったのかもしれない。
「どうなのです博士」
「理由か。それはなあ」
 まだ、考えているようで、纏めきれないようだ。
「いないからじゃ」
「はあ」
「妖怪はいない」
「はいはい」
「だから研究する」
「分かりやすいようでいて何か妙ですが」
「妙かな」
「はい、変です」
「どうして」
「いないものを追いかけているわけでしょ。結局は見付からない」
「だからいいのじゃよ」
「そうなんですか」
「本物は最初からいない」
「いるかもしれないと思い、研究されているものと思っていましたが」
「本物というのは、そのものじゃ。掛け値なし。リアル」
「はい」
「リアルなものには妖怪性は希薄となる」
「妖怪性ですか」
「本物はきつい」
「はい」
「出るかでないか、見えるか見えないかあたりが一番美味しいのじゃ」
「それはどうしてでしょうか」
「あとは想像。これがいい」
「つまり、想像とか、空想を楽しむわけですね」
「何事も現実化すると、つまらんじゃろ。それ以上先はない。そして下手な空想よりも、もろの現実が強い。幻想を剥ぎ取られてしまう」
「そういう難しい話でしたか」
「そのてん、妖怪には現実はない。いないのだからな。だから安心じゃ」
「といっているところに本物の妖怪が現れたりしますよ」
「耳妖怪、目妖怪」
「障子に目あり壁に目ありですね」
「それらはそれぞれ妖怪だろ」
「耳付きの塗り壁のような」
「そうそう」
「障子付きの目玉親父のような」
「うむ」
「分かりました」
「何が分かった」
「いえいえ、大体了解しました。ところで、妖怪が出たのですが、どうしましょう」
「ここにか」
「違います。目撃者が現れました。顔が猿のようなやつのようです」
「猿顔の人じゃろ」
「行きませんか」
「その話は、それで終わり」
「でも猿人間ですよ。猿の惑星ですよ」
「どの顔を見ても、じっと見ていると、猿に見えてくるもの。こいつはゴリラだな、とか、こいつはチンパンジー、こいつはオランウータンか、などと、当てはまるはず」
「そうですが」
「だから猿顔など、いくらでもおるではないか。見飽きるぐらい」
「違うのもありますが」
「猿に該当しない顔かね」
「違います。ミミズの巨大ななのが、現れたのです」
「この前の雨で膨張したんだろ」
「はい」
「ある特徴を大袈裟に言う。これも妖怪化への道じゃが、もう少し風情が欲しいのう」
「目撃者は子供が多いので」
「分かった。良さそうなのがあれば、行ってみる」
「はい」
「しかしじゃ」
「はい」
「いい大人がこんなことをしていていいものだろうか」
「仕事ですから」
「そうじゃな」
 
   了



2019年11月7日

小説 川崎サイト