小説 川崎サイト



生活不活発症候群

川崎ゆきお



 岸和田の生活は停滞している。以前に比べ活気がない。
 いつも同じような生活も悪くはないが、ある意味止まっているのだ。
「生活不活発病かもしれん」
 岸和田は運動不足だが、同じ姿勢でじっとしているわけではない。それで血の巡りが悪くなったり、歩けなくなるわけではない。
 岸和田は一人暮らしの老人で、日々の家事で体を動かしている。散歩にも出るし、買い物にも行く。
 しかし、最近は遊びに行くことはなくなっている。遊び友達が歩けなくなったり、亡くなっているからだ。
 岸和田の仕事は年金の範囲内で暮らすことだった。収入を得ることはもうないのだから、使わないようにするのが仕事だった。
 一円でも安く済ませると、一円の収入を得たのと同じになる。
 その緊張感は、仕事よりもシビアだった。
「まだ生きとるか?」
「庭先に死んだはずの友人が現れた。かなり前に過労死した友沢だ。最近頻繁に現れる。
「迎えに来たのか」
「死に神じゃあるまいし、そうじゃない」
「あまり出て来るなよ」
「元気な奴のところにしか顔を出さんよ」
「おまえは早く死んだから、年寄りの気持ちは分かるまい」
「想像できるさ」
「まだあの世に行ってないのか」
「あの世なんてないさ」
「その話はするな」
「怖いんだろ」
「いや、もう楽になりたいよ。おまえが死神なら連れて行ってもらいたいところだ」
「それより仕事をしないのか」
「もう年だよ」
「このままじゃ、じり貧だろ」
「ああ、貯金もないしな」
「親戚は面倒みてくれんだろ」
「世話になりとうない」
「だったら、仕事しなよ」
「そんな仕事があったら、今もやってるよ」
「作りゃいいんだよ」
「その元気もないさ」
「分かった、勝手にしろよ」
「もう出てくるな!」
「次は吉田のところに回る」
「まだ、生きているのか、吉田は」
「俺の話を参考にして起業したよ」
「そうか」
「収入を得てるぞ。最近はミラーレスデジカメも買ったらしい。ダブルズーム付きだ」
「そうか」
 友沢は庭からすっと消えた。
 何とかしたいものだと岸和田は考えた。
 
   了
 
 


          2007年7月22日
 

 

 

小説 川崎サイト