小説 川崎サイト

 

正木の六蔵


「正木村の六蔵さんですか」
「はい、そうです。ここは正木村で、私が六蔵です」
「留守が多いと聞いたので、助かりました。合えて」
「ああ、そうですか、何しろ禄潰しですからな。ろくでなしとも言われております。名は六蔵で、六つの倉が建つほどにと名付けられたのですがね。何せ小作人の三男坊。何ともなりませんよ」
「お頼みしたいことがあるのですが」
「そうですか、まあ、聞きましょう」
「娘が拐かされて山賊の巣窟へ」
「とんでもない話ですが、よく聞くような話でもありますなあ」
「はい」
「城方に言えば済むことでしょ。そういった山賊相手なら」
「お城はそれどころではないようで、戦が長引いておりまして、兵を出す余裕はないとか」
「あなたの村は」
「吉川村です」
「じゃ、そこから人を出せば」
「相手が山賊だし、それに足軽として、引っ張り出されたので若い者がいません」
「何処の山賊ですかな」
「大平の」
「大平は広いですぞ。山賊の住処は何カ所かあります。どのあたりの大平ですかな」
「南側です」
「じゃ、岩手岳の山賊だな」
「そうだと思われます」
「少し遠いなあ」
「何とかなりませんか。お礼は弾みます。わが娘ですので」」
「身代金とかは」
「人買いに売るつもりです。それに私の娘だとは知らない。娘も黙っているのか、親の名を言えば、山賊も売り飛ばすよりも大金が入るはずなのに」
「じゃ、人を集めましょうか」
「お願いします」
 六蔵と似たようなぶらぶらしている百姓が同村や他村にもおり、ほとんどごろつきの厄介者なのだが、六蔵はその連中との付き合いがあり、彼らを動員することにした。
 依頼者が豪農で、礼金も多いためか、そういった私兵のようなものを雇えるのだろう。その頭目が六蔵だった。
 しかし、その正体は山賊と変わらない。山住はしていないので里賊だろう。
 大平山地岩手岳麓近くの村に六蔵たちは集合した。武装している。本来なら、城の足軽として出ていかないといけないのだが、それを無視しているし、その武装は騎馬武者並み。立派な侍だ。
 二十騎ほどで岩手岳へ向かった。山賊の巣窟である砦までは馬で行けるはず。
 山の取っ付きに、柵や物見櫓が見えるので、丸出しの隠れ家だ。だから隠していない。城の兵でも難儀しそうな地形で、これは攻めるのは難しい。
 砦の大門まで着いたとき、中から山賊の頭領が出てきた。
 六蔵の顔を見て、分かった分かったと合図を送った。
 娘は簡単に取り返せた。
 山賊は六蔵と戦う気がないのだ。それだけのこと。
 六蔵たちは礼金をたんまりともらった。
 最初から仕込み台本があったのではないかと思えるほど、できすぎた話だ。
 
   了
 
 


2019年11月16日

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