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名優

川崎ゆきお



「名優って何でしょうねえ?」
「名優の演技ができる役者だよ」
「演技が上手いから、やはり名優なんでしょうね」
「役に対しての演技じゃないよ」
「役を演じるのが役者でしょ」
「違う。名優を演じるのが名優なんだ」
「違いが分かりません」
「どうして、そんな質問するの?」
「名優と言われている俳優が出ている映画を見たのですが、上手いとか下手とかが分からなかったので」
「君は役者志望にしては素直だね」
「素朴な疑問です」
「君は役者修行、何年目だ?」
「まだ、三年です」
「それなら、演技の基本は分かっているだろ」
「はい、演じきれませんが、知識としてはあります」
「じゃ、分かるだろ」
「分かりません。目が悪いのでしょうか」
「悪くはない。君が見たそのままだろ……おそらく」
「じゃあ、全然上手くないです。あれなら僕にもできます」
「だから言っただろ。名優の演技は、名優らしく見せることなんだ。それさえ会得すれば、名優なんだ」
「先生は、名優になれなかったのですね」
「私は名優の臭い演技が嫌いでね」
「先生が何を指して話しておられるのかは、ちょっとイメージしにくいです」
「だから名優とは名優をやる俳優のことだよ」
「臭いとは分かりやすすぎるとか、くどいとか言う意味でしょ。名優のなかには演技を抑えた人もいますよ」
「その押さえ方が名優臭いと言ってるんだ。非常に分かりやすい演技じゃないか」
「押さえているんですから、臭い演技じゃないでしょ」
「その押さえ方が臭いんだ。これみよがしに押さえこんどるだろ。もう、臭い臭い」
「区別できません」
「要するに名優を意識した演技は臭いんだ」
「じゃあ、どうすればいいのですか」
「何が?」
「ですから演技方法です」
「その質問じゃないだろ。名優の演技が分からないので聞きに来たのだろ」
「そうでした」
「答えはさっき言った。役柄を演じておるのではなく、名優を演じておるから、分かりにくいんだ」
「名優を演じるのですか」
「何度も言ってる。名優に見えるような演技だよ」
「余計に分からなくなりました」
「その程度のことだよ。分かっても分からなくても、どうってことはない話さ」
 
   了
 
 


          2007年7月23日
 

 

 

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