小説 川崎サイト

 

役者


 落ち着かなかったのだが落ち着き、また落ち着かなくなり、そして何処かでまた落ち着く。この繰り返しをしていると、最初からじっとしていた方が良いのではないかと思うのだが、そうかはいかない。落ち着かないときは落ち着こうとするだろう。
 そして落ち着いているときは、何か物足りない。落ち着いた瞬間は良いのだが、しばらくすると飽きてくるのか、またはここで落ち着いて良いのだろうかと、いろいろと考えるためだろう。
 沢村という人は落ち着いた人で、落ち着きのある人物。しかしそれは外面で、実は内面ではさざ波が常に立ち続け、ときには嵐のようになっているが、それを表に出さない。
 つまり、もの凄く落ち着きのない人なのだ。それがばれるのを恐れて、常に落ち着いた振りをし続けている。心は常に乱れているのだが、これは訓練でできるようになるようだ。ただ、とっさの場合は仕方がない。だから、一考を要するような事象がいい。人の動きに対しても、対応できる。
「まずは落ち着きなさい」と、言っている人が一番落ち着かないのかもしれない。人に言っているのではなく自分に言っているのだろう。
 ここは落ち着いてじっくり考える必要があるものに対しては、あえて落ち着いた行動を、などとは言わなくてもいい。分かっていることなのだ。それが分かっていながら、落ち着かないので、落ち着きを失う。沢村もそのタイプなのだが、ここは我慢して、落ち着いている振りを先ずする。そして落ち着いて物事を考えるわけではない。内心は取り乱しているので、落ち着いて考えているような状態ではないためだ。しかし、見た目は落ち着いている。動じない。
 この臭い芝居のためか、沈着で冷静な判断を下す人とされている。しかし、大した判断などするわけではなく、黙っている。沈黙を守ることで、さらに落ち着いた人ということになるが、中身は何もない。自分の表情や態度だけを気にしている人。
 しかし、これが良い具合に誤解され、それなりに信頼されている。
 落ち着きのない人は目をキョロキョロさせたり、瞬きが多い。当然沢村はそれを知っているので、その対策もしている。決して瞬きしないこと。涙が出るほど我慢する。目も動かしたいのだが、黒目を動かさないで周辺を見る技を身に付けた。だから実際にはキョロキョロしているのだが、黒目が動かないので、分からない。
 果たしてこれを自分を制する力を持っている人なのか、それともただの役者なのかが曖昧。
 沢村の場合、役者なのかもしれない。そのように見られればいいのだ。
 この沢村の臭い落ち着いた芸を見抜く者が現れた。それは目を合わせた瞬間分かった。
「お前もか」
 という感じだ。
 あとはどちらが役者が上か下かの戦いになるのだろう。
 
   了

 
 


2019年11月28日

小説 川崎サイト