小説 川崎サイト

 

吉野峰の呪術師


 吉野峰の郁三という男が呪術が達者と都で噂に上がっている。噂はあくまでも噂。それに都から見に行くには遠い。誰も確かめに行く者がいないので、この噂は長く続いた。誰かが見に行けば、その力が分かり、噂にも立たなくなるのだが。
 ある下級の公家に、それに近い爺さんがいる。卜占に長けているのだが、さっぱりあたらない。しかし、こういうのは縁起物で、あたれば困るのだ。むしろ善い罫を出すように最初からできている。
 主人は既に判断を下したあと。だからその後ろ押しの一罫が欲しいだけ。景気づけだ。だから、この爺さんにはそういった能力は無いが、その手のことには詳しい。やり方は優れているのだが、あたらない。
「吉野峰の郁三の噂は聞いておりますやろ」
「はい聞いております」
「どうなんや」
「さあ」
「誰も確かめに行かへんから、行ってみいひんか」
「遠いです」
「その方が行きなはれ」
「もう年で、そんな遠くまで歩けません」
「共をつける。馬も出す」
「噂を確かめに行くだけですかな」
「いいや、場合によっては、都に来てもらいましょ」
「分かりました。確かめに行きましょう」
 しかし、それをすると、この爺さんは首になりかねない。
 自分の首を自分で切りに行くようなものだが、主人の頼みなら仕方がない。どうせ暇なので引き受けた。
 吉野峰の郁三だが、これが山の中腹にある樵小屋のようなところに住んでいる。僅かだが窪地があり、昔はここに村落があったようだが、廃村になる。しかし里から山仕事に出た村人は、そこを足場にしている。だから、人は結構出入りしている。
「私が吉野峰の郁三ですが」
「呪術の達人と聞きました」
「あ、そう」
「主人が雇いたいと申しておるのですが、その前に、何か見せてもらえますか」
「あ、そう」
「では、お願いします」
「何を」
「ですから、術を」
「私はただの炭焼きで、そんな術は」
「吉野峰の郁三さんでしょ」
「そうです」
「間違いありませんか」
「一人しかいません」
「都で評判が立ってます」
「あ、そう」
「それをお見せ下さい」
「そんな術は使えませんが、山の神を呼ぶことができ、色々とお話を聞くことはできます」
「おお、それそれ」
「山神託です」
「それそれ」
「じゃ、少しお待ちを」
 郁三は先ほどから炭焼きをしていたのだが、火の中に、何かをばらまくと、煙が濃くなり、狼煙のように立ち籠めた」
 火薬でも入れたのだろうか。
 これは炭を使った護摩のようだ。
「何か、聞きたいことがあるかな」
「勿論、それより、これはどういう仕掛けなのでしょう」
「そうじゃなく、占って欲しいことです」
「ああ、じゃ、わしは将来、どうなりましょうや」
 郁三はまた何かを火の中にばらまいた。
 煙が乱れ、妙な形になった。
「山神様が、現れました」
「おお」
 煙の形が人型のように見えたが、すぐに流れた。
「で、お告げは」
「将来、吉と出た」
「おお」
 爺さんは都へ戻った。
「どうやった」
「同じでした」
「え、何やて」
「だから、私と同じ縁起物でした」
「ほんなら、呪術は嘘でおますか」
「そのようなもの使える男ではありませんでした」
「ああ、ご苦労やったなあ。残念やが雇うのは諦めましょ」
 爺さんは、山でそのあとも色々な術を見せてもらったが、それは言わなかった。
 
   了


 
 


2019年11月29日

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