小説 川崎サイト

 

山道の二地蔵


 山に分け入り、そこそこ深いところに来たところに石地蔵がある。二体あるように遠くからは見えるが近付くと一人は人間。丸坊主。同じ高さに見えるのは坊主の方が座っているためだろう。別にそれを狙って並んでいるわけではなく、地蔵の横に腰掛石があるため。
 何もないところに石地蔵など置かない。その証拠に二叉になっており、道が分かれている。見るからに本道と枝道のように。
 仙蔵が近付くと、坊主も先ほどから既に気付いていたのか、改めて顔を上げた。
「脇道があるのですね」
「本来、細い方が本道です」
「じゃ、そちらへ行きます」
「それはやめた方がいい」
「はあ」
「私は山伏ではありませんし、修験者でもありませんが山歩きが好きなので、このあたりの山は熟知しております。しかし、この道は避けた方がよろしいかと」
「でも道があるのでしょ」
「本道です」
「だったら、そちらへ行くのが本道でしょ」
「本道過ぎます」
「はあ」
「今では新道を行く人が多いし、道幅も広い。そのため、間違うことはない。どちらが枝道で、どちらが本道なのかは一目瞭然」
「先に何あるのですか」
「山また山」
「じゃ、新道でも同じでしょ」
「あの山の裏側で合流するので、まあ、同じことですがね」
「じゃ、どうして避けた方がいいのですか」
「山らしい山のためです。本格的な山になります」
「はい、そのつもりで山歩きをしているので、問題はありません」
「しかし、本格的な山だけに、山の怖さがあります。道が険しだけじゃない。人が通らないので、獣も出ます」
「どちらの道も同じでしょ。同じ山の右と左ですし」
「こちらは人の気配がします。獣は近付きません。匂いで分かるのでしょうかね」
「獣だけですか。怖いのは。それと道が険しい程度でしょ」
「山の怖さが詰まっています」
「たとえば」
「迷いやすいのです」
「はい」
「それとあらぬものを見てしまいます」
「はあ」
「この石地蔵が何を意味するのかは、もうお分かりでしょ。供養です」
「折角山に入り込んだのですから、本格的な山を体験したいと思いますが、それはいけませんか」
「この山越えの道を通る人は、目的地があってのことです。だから安全な道を選びます。わざわざ厄介な場所へ行く必要がありません」
「それは、まあ、そうですが、はい、分かりました」
「それこそ分別というもの」
「はい」
 仙蔵は面倒臭そうな坊主なので、もう相手にしなかった。どうせあの道に入り込もうとしても、また咎めるだろう。
 少し歩いたところで、ふっと振り返ると、もう坊主はいない。
 山越の途中、小さな里があったので、そこで聞いてみると、あの坊主そのものが、山の怪だと教えてくれた。
 
   了


 


2019年12月6日

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