小説 川崎サイト

 

深夜の散歩


 夜が更けていく。夜更けだ。しかも冬の夜更け。こんなとき外に出るのはためらわれるのだが、夏頃から夕涼みで出歩く癖が付いていた田村は習慣に従ってしまいそうになる。実際、従っている。習慣とは恐ろしい。
 それは夏場だけのことのはずで、その頃だけに当てはまるようなこと。時期を過ぎても、まだ続けている。だが、子供の頃、一度そういったことがあった。それは犬を飼っていて、散歩に連れて行くのだが、それが日課になった。
 田村の散歩コースではない。犬が希望する散歩コースで、コース取りは犬に任せていた。だから犬が好む道筋。田村の好みとは違う。まだ子供なので、年寄りのような散歩はしない。
 それで犬が死んでしまってからも、同じ道を歩いていた。いつの間にか田村の散歩コースになっていたわけではないが、毎日のように通る場所なので、ついつい癖になっていたのだろう。犬がいないのに、犬の散歩。これはすぐにやめたが、たまにその道筋を通ることもある。犬だけが通る道ではなく、普通の道や小径や、隙間道。また一寸した草むらとか、田の畦とかだ。犬がいなければ、そんなところをうろつかないだろう。
 そういう記憶があるので、夏場の習慣を冬になっても続けているのは田村にとっては不思議でも何でもない。
 夏の夕涼みは日が暮れてからだが、徐々に行く時間がずれ、冬には深夜に近い時間帯になっていた。暗いので、早いも遅いもない。風景は似たようなものだが、人通りが少なくなる。
 市バスの最終が通過してからは、さらに人は少ない。そして車も。
 運動のため、歩いていた人達も、この時間は流石に遅いので、もう見かけない。
 若い男が自転車で、さっと追い抜いていく程度。そして歩道脇にじっとしている車。これは不気味だ。
 たまに後ろから足音がヒタヒタと近付き、さっと追い抜いていく。これは練習だろうか。ランニングだ。そういう服装をしている。スポーツをやっている人だろう。
 というのが昨日までの話で、今夜は流石に冷えるので、出る気がなくなっている。習慣がこれでやっと破れる。寒さには勝てないはず。当然雨の日は出ない。
 それで、散歩に出ないで部屋で寛いでいたのだが、何かしまりがない。シャキッとしない。寝るまでまだまだ時間があり、このままのだれた感じでは、何もできない。ぼんやりと過ごせばいいのだが、時間がありすぎる。何か好きなことをして過ごすのがいいのだが、晩ご飯後の眠気も来ているので、やる気が起きない。
 昨日までは、このタイミングで、さっと散歩に出て、戻ってきたときはシャキッとしている。頭も冴える。
 そういう効能があったのかと思い、田村は出る決心をする。寒いので、立ち上がりが厳しいので決心が必要。
 出てしまうと、いつものペースに戻ったことで、自分の時間を過ごしているような気になる。
 出るのを少しぐずついたためか、昨夜よりもかなり遅い出発になった。もうほぼ深夜だ。この深い時間帯に出るのは初めて。
 水銀灯がLEDになったのはいつ頃からだろうと思いながら、そこそこ明るい小径を行く。そこから先は一寸ひっそりとした場所。毎晩なので、怖くはないし、住宅地なので、まだ窓の明かりも多くある。何者かに襲われても声を出せば、人が出てくるだろう。そんなことは先ずない話だが。
 ひっそりとした場所といっても塀が長く続いているためだろう。畑が少し残っており、その端に小径がある。農道跡だ。
 さらに進むと鎮守の森が黒く見える。その横を抜けると最近建った家が多くあり、マンションがあり、窓明かりが綺麗だ。
 昨日も見た風景。しかし時間が少し遅い。
 夕涼みコースだったので、近所を一回りする程度で、距離は大したことはない。
 それで、違う道へ入って、ぐるっと半周するように、戻る。
 だが、まだ戻っていない。戻り道になっただけ。だが、別の道に入り込んでいるのは確か。同じ道を引き返すのも芸がないと思い、そういうコース取りになっている。
 その小径に差し掛かったとき、もう一本細い道が出ているのに気付く。忘れていたような小径だ。隙間のような道。だから道ではない。
 それを見て、一歩そこへ足を踏み込んだとき、ドキッとした。
 長く忘れていたが、あの犬が好んで入り込んだ場所なのだ。
 薄暗い小径の先に、あの犬がぽつんと立っおり、田村の顔を見て、尻尾を振って全速で駆け寄ってくるようなシーンが脳裡に浮かんだ。
 
   了
 

 


2019年12月7日

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