小説 川崎サイト

 

正月門


「正月の門がある」
「正月門ですか」
「そうじゃ」
「じゃ、正門ですねえ」
「この門は山の中にある」
「じゃ、建物の門じゃなく」
「正月様は山から降りてこられる」
「正月の神様ですね」
「そうじゃ。正月様が迷わぬよう、目印として門がある。まあ、神社の鳥居そっくりじゃがな。しかし、その門、山側が正面で、里側は裏側になる。正月様視点で作れておる。当然人が潜る門ではない」
「昔、神社がないころは、鳥居だけだったと聞いていますが」
「山が御神体だったのでな。大きすぎて建物には入らん。神社は降りてこられたときの滞在場所」
「鳥箱のようですねえ」
「鳥居の前は二本の木を立てた」
「それも正月様ですか」
「いや、正月様の門はまた違う。正月だけ、迎え入れる年の神様なのでな」
「正月様は三が日いるとか。三泊四日とか」
「いや、戻られるのはいつかは決まっておらん。曖昧なんじゃ。きっと正月気分が抜ける頃だろうねえ。その頃はもう山に帰っておられる。それよりも降りてこられるのが大事」
「正月様とは何ですか」
「一年を授けてくれるようなものかな」
「そんな神様がいなくても新年は来ますよ」
「しかし、年神が必要なんじゃ。特に里では」
「どうしてですか」
「農耕に関係しておる。良い年かどうかは、作物の出来で決まる。正月様は農耕の神様とはまた別じゃがな」
「その正月の門はまだありますか」
「あるぞ。小さいがな。お稲荷さんの小さな鳥居程度で、子供なら潜れる。だから、神様とは随分小さなお方なんじゃなあ。鳥居は白木じゃ。赤くない。山側から見ると「正」と書かれた額があったのじゃが、落ちて、そのまま」
「じゃ、どちらが前か後ろか分かりませんねえ」
「いや、門だけでは分からんが、山側からの降り口に大きな石がいくつも並んでいた跡がある。石灯籠のようにな」
「はあ」
「正月様が門を潜られると、それで一年が始まる」
「じゃ、村人はそれを見に」
「そんな無礼なことはしない」
「その正月様も農耕の神様でしたか。あ、すみません。説明、もう聞きました」
「敢えて言えば時の神様に近いなあ」
「はあ」
「豊穣だけではなく、里人の安全とか、一年無事に過ごせるのは、正月様のおかげらしい」
「じゃ、神社になるでしょ。正月宮とか」
「そのタイプではない。さっと降りてこられるだけ」
「はあ」
「それと、山側からこの鳥居を見ると初日の出がちょうどいい案配にかかる」
「じゃ、見学者も多いでしょ」
「昔はな。今は山の中程まで登って、見るものなどおらん。それにそれを知っておる人間も少ない。そして正月様よりも、村の神様に人気が移ったのでな。今はさっぱりじゃ」
「有り難うございます。行って、見てきます」
「そうしなさい」
「しかし、何もなかったりして」
「心配するな、まだ残っておる」
「はい。失礼しました」
 
   了


2020年1月3日

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