幽霊博士講座
感性の強い人は、人には感じにくいようなことでも、瞬時に感じることができる。感性はほぼ瞬時だろう。考える以前に来ている。そして何に関しての感性かにもよる。ある特別のことだけに関しては、感性が強いとか鋭いが、他のことでは鈍いか普通。だから、感性の鋭い人は全ての感性が鋭く、強いわけでもなさそうだ。
感性とは感だ。感じる力。だから感受性。これはデバイスのようなもので、接続できるのだ。しかし、接続したものには具体性がない。あくまでもそう感じられる程度のもの。
また、過敏に反応することもある。反応なので、見ているだけ、感じているだけではすまないで、実際の動きを取ったりする。これは普通のことでも過敏に反応しすぎるだけなので、感性の強い人ではない。バランスが悪いのだ。
幽霊が見える人と見えない人、その違いは受け皿である感受性から来ている。感じられる人と感じられない人がいる程度。しかし、それはあくまでも感じでしかすぎない。
妖怪博士は久しぶりに友人の幽霊博士の講演を聴いていた。小さなライブハウスで、オーナーがこの手の話が好きなので、幽霊講座を開いたのだが、来た人は十人少し。二十人も入れば満席になるので、まずまずだ。
そして講座だが高座のような感じで、売れない落語家の前に登場する前座ほどの客しか来ていなかったので、終わった後、そのまま客との雑談となっていた。最初からそうすればいいほど、客が少ない。
来ている客の半数ほどは幽霊を見ているらしい。幽霊博士の話では、感受性の問題程度とか。
だから、感性の鋭い人が集まっているようなもの。ただし妖怪博士は意外と鈍く、幽霊など見たことがない。
客との雑談も終わり、残ったのはオーナーと妖怪博士。
「つまり感性の問題程度ということですかな幽霊博士」
「はいそうです。錯覚も感性が成せることでして、その一つです」
「幽霊を見たと思い込むような」
「そうです」
この幽霊博士はまだ若い。しかし目の下にクマができ、目の縁が暗い。メイクではなく、そうなってしまったようだ。
「独自の感性というのがあるでしょ」
「はいあります。妖怪博士」
「それも錯覚のようなものですかな」
「そこが紛らわしいのです」
「ほう」
「初対面の人で、情報も何もない相手、当然風貌から推し量ることはできますが、容姿からではなく直接怖い人だと感じる人がいます。怖い顔をしている人が怖い人だと感じるのは普通でしょ。この場合、見たままなので、特別な感性ではありません」
「怖い?」
「はい、ゾクッとするような感じを受けたのでしょうねえ。特に怖がるような風貌ではありませんが、それが分かるのですよ。それが独自の感性です。あまり、いません」
「誤解だったりして」
「大いに有り得ますが、勘が鋭いということでしょ」
「第六感のようなものですかな」
「そうです。しっかりとした具体的なものは何も発していないのですが、そう感じてしまうわけです」
「その話、それ自体が怖いですなあ」
「ああ、はいはい」
「それと同じように幽霊が見える人とか感じることができる人がいるわけですな。ところで幽霊博士は幽霊は如何ですか」
「はい、僕は見えたような、感じたような、その程度です。しっかりと結像した状態の幽霊など見たことはまだありません」
「幽霊は何処にいるのでしょうなあ」
「ああそれは、幽霊スポットです。しかし僕も何カ所か回りましたが、出くわしませんでした」
「身の回りで出る幽霊もいるでしょ」
「いると思います」
「出ていても、誰も見ていない、または感じていなければ、出ていても出ていないのと同じですなあ」
「まあ、そうです」
「始終出ているのに、誰にも分からない。これじゃ幽霊も出甲斐がないでしょう」
「そういう呑気な話ならいいのです。怖いのは祟りなのです」
「怨霊ですか」
「そうです。これは攻撃しかけてきます」
「幽霊のような頼りなさそうなタイプじゃないのですな」
「しかし、見た人と絡まないような幽霊でも、見られたことで、見たなーとなることもあります。または、見て欲しいので出てくる場合もありまして、存在に気付いて欲しいということです」
「それで、幽霊博士」
「はい」
「まだ幽霊の研究を続けられますか」
「まあ」
「私は何度もやめるように忠告しましたが」
「はい、聞いています」
「幽霊ではなく、幽霊でも見えてしまう感性の方が大事なのです。だから幽霊など見ないで、その感性を活かした方がいいと思いますがな」
「僕はまだ感じる程度で、見えません。霊能者レベルは低いです」
「幽霊の研究ではなく、感性の研究をしなさい。人には見えない直感についての」
「はあ」
「幽霊を見る力よりも、人を見抜く力、物事を見抜く力の方が大事ですぞ」
「はあ」
「いやいや、折角の講義だったのに、余計なことを言ってしまいました」
「いえいえ、来て下さって嬉しいです。色々と参考になりました」
「ご無礼した。許して下され」
そのとき、動くものがある。
横にもう一人いたのだ。話に加わらないで、じっと座っていたオーナーだった。二人はそれに気付いたとき、ゾクッとした。
オーナーは黙って、そのまま奥へ引っ込んだ。
「トイレでしょ」
「僕も」
「私もだ」
出るものが出るのだろう。
了
2020年1月11日