小説 川崎サイト



電話の女

川崎ゆきお



 雨がしと降る季節とはいえ、三日も降り続くと体も気持ちも湿る。
 立花はその夜も深夜まで起きていた。自宅に持ち帰った仕事を綿々とやっている。
 この二日ほど一歩も外に出ていない。雨が降る日の閉塞感を楽しむかのように、机に向かっている。
 電話が鳴る。
「近くまで来てるんだけど……」女の声だ。
 立花は受話器を置く。
 またかかってきたなと、ややショックを覚える。
 声の主が分からないのだ。
 この部屋電話は二十歳過ぎから使っている番号だ。最近知り合った相手ならケータイ番号を教えている。
 悪戯電話とも思えない。意味のある電話のためだ。
 近くまで来ているので、前の通り沿いにあるコンビニに来てほしい。三十分は待つという内容だ。
 誰かと聞いても、会えばすぐに分かると言う。用件も会ってからだ。
 もし悪戯電話なら、犯人は顔をさらすことになる。
 悪戯電話は電話だけで済ませるから効率がいいはずだ。
 急に雨脚が早くなったのか、ガラス窓を叩く音が加わる。横殴りの雨だ。
 時計を見ると深夜の三時。こんな時間に呼び出すような知り合いはいない。
 この電話がかかってくるようになったのは半年前だ。
 それから二週間に一度ぐらいの間隔でかかってくる。
 もう少し相手のことを聞き出そうと、話しかけたが、うまく引き出せなかった。
 ただ、反応は毎回違っていた。言葉の間合いとかが微妙に変化した。
 それは立花の尋ね方に応じた反応だった。有意な言葉は引き出せないが、相手の意志は感じ取れた。
 立花は机の前から離れ、ベッドに横たわった。休憩だった。
 雨脚は弱まっている。
 コンビニまでは五分で行ける。受話器を置いてから十分過ぎた。今なら間に合う。
 レトルトの夜食が続いたので、違うものを買いに行こうと思った。実際には、会って見ようと思ったのだ。
 立花はビニール傘を差し、アパートから出て行った。
 そして、二度とアパートに戻ることはなかった。
 
   了
 
 
 



          2007年7月29日
 

 

 

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