小説 川崎サイト

 

お茶漬けの味


「寒い中わざわざどうも」
「今日は大寒のようです」
「おおさむ」
「まあ、用事がありましてね、寒くても来ますよ」
「例の一件ですか」
「そうです。それしかないでしょ」
「はい」
「顔色が悪いようですが」
「いえいえ」
「招かれざる客なんですな」
「いえいえ」
「さて、用件を済ませましょうか」
「それが」
「ないと」
「はい、予定したものが入って来ませんでしたので」
「まあ、そういうことだとは思っていましたが」
「次回は必ず」
「催促だけはしておきませんとね。忘れたわけじゃありませんから」
「はい」
「今回も無駄足か」
「少しお待ちを」
「ほう、あるのかね」
「ありませんが、ご足労頂いたので」
「何か出るわけですな」
「ほんのお茶漬けですが」
「寒いので、熱いかけ蕎麦がいいんだが。うどんでもいい」
「熱いお茶漬けです」
「まあ、御馳走になりましょう」
 しばらくして、茶漬けの膳が出た。その膳だけでも立派なもので、何か絵が書かれており、しかも光る箇所もある。茶碗は焼き物ではなく、木の椀。いずれもツルツルだ。
「ほう、これはいい。ただの茶漬けだが、豪華に見える」
「蕗のとうでございます」
「この小皿か。ほう、もう芽を出しておるのか」
「はい」
「お前さんも早く芽を出さないとな」
「はい、お世話になっております」
「うむ」
「ご用立て頂いたものは後日お返しに参りますので、よしなに」
「そうか、頼みますよ。私もそんなに楽なわけじゃないんでな」
 しかし、返済に行かなかったようだ。
 大寒から数えてもう春間近というのに、この頃の方が寒い。そんな日、またその客が来た。
「どうですかな」
「はい、なんとか」
「一応催促はしておかないといけませんからな」
「畏れ入ります」
「できたかな」
「いえ、まだ」
「それは困った」
「もうしばらくお待ちください。春になれば、何とかなりそうなので」
「分かった」
「はい」
「しかし、この前のおおさむの日より、今日の方が寒いのう」
「そうですか。じゃ、また熱いお茶漬けでも」
「ああ、そうしれくれ」
 また、立派な膳に乗ってお茶漬けが運ばれてきた。
「この小皿は何じゃ」
「それは佃煮です」
「何の」
「岩魚です」
「保存しておいたのだな」
「そうです。飴煮です」
 前回と同じような会話をし、客は帰って行った。
 その後、十日に一度は来るようになった。
 
   了


2020年1月23日

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