小説 川崎サイト

 

ランチ会


 下田はある会に入ったのだが、親睦会とは表向きで、実はここで色々なことが行われている。多方面から人が来ており、人脈を求めている人や、仲間作りには丁度いい。ただ、親睦会、交流会ではなく、ここで実際の動きもある。夜の商工会議所のようなものだが、昼飯会だ。
 これは昼時、ある料理屋の一室を借りている。テーブルはなく、当然椅子もない。お膳が出る。座布団はあるが座椅子はない。
 下田は初めて参加したので、誰が誰だか分からない。ただ、いずれも下田より上の人だろう。年齢ではなく、その地位や人物が。
 上の人物。凄い人物。そういう人とお近づきになれるチャンスなのだ。下田がそこに参加できたのは、大先輩が引退し、その席が空いたため。だから誰でも参加できるわけではない。その意味で、下田はラッキーだった。
 席は左右向かい合い、床の間のあるところに上位の人が陣取っている。当然入口は開いており、コの字型。
 初日は黙って話を聞いていた。といっても席が決まっているため、誰かに近付くには中央のスペースに出て順番に挨拶回りする程度。
 そして雑談が始まるのだが、一人が何か言い出せば、全員それを聞いている。また、それに関する話題に絞られる。
 何々についてどう思うか、などの意見交換だが、これは世間話風。賛成なのに反対の意見を言ったり、反対なのに、賛成した意見を言う人もいるので、よく聞かないと分からない。大物などはニュアンスで伝えている。断言せず、答え方の調子で賛成か反対かが、何となく分かる。
 そしてそれらは議論ではなく、雑談。
 この料理屋、お茶だけを飲む部屋がある。茶室ではないが、それに近い。大勢の人が喫茶を楽しんでいる。ここで個人的な話ができるようで、ランチ会の広間ではなく、ここでの話が大事なのかもしれない。
 つまりお膳の出る部屋ではできない一対一の話ができる。
 そういう仕掛けよりも、下田は誰にアタックすべきだろうかと、そればかり考えている。
 大きな鯛のような目で、太い眉、高い鼻。豊かな頬の肉。いかにもできそうな人だ。島田はその人をずっと見ていると、横にいる同じような若手から話があるので、あとで茶室へと誘われた。
 茶室といっても狭いどころか大広間。昼間から宴会はないので、敷居がなくても、声が届きにくいことと、常に何か音楽が鳴っており、それで、近くでないと相手の声が聞き取れない。
「あなたも探していますね」
「そうです」
「いい人、いましたか」
「目が鯛のように大きな」
「大益さんですね。あれは駄目だ」
「そうなんですか」
「あなた、人を見る目って、分かります」
「え、どういうことです」
「凄い人は目を見れば分かる。目が違う」
「よく聞きます」
「嘘です」
「はあ」
「大益さんがその例でしょ。誰でもそれで引っかかります。目が大きく輝いていますからね。でもあれば目が悪いのか、よく涙が出るらしいのですよ。それでキラッと光るのです」
「凄い眼光のある人、目力のある人なので、凄い人だと思っていましたが」
「あれはダルマです。置物にはいいが、中は張りぼてで、何もない」
「じゃ、何処を見るのですか」
「見ても分かりません」
「そうなんですか」
「その横に顔が細長くひなびた人がいたでしょ」
「はい、凄い鼻声でした。声も聞き取りにくかったです。駄目でしょ。あのタイプは」
「ほらまた、見かけだけで判断する。上位の人ですよ。声が何かおかしいですが、それと実力とは関係しません」
「はあ」
「あなた、逆に、どの人は駄目だと思いました」
「目が小さくて、子狸のような人で、動きがチマチマしていて、よく笑うし、すぐ顔に表情が出る人」
「熊谷さんですね」
「それと軽いです。動作が。どう見ても小物です」
「この中ではナンバーワンです。一番のやり手です」
「そうなんですか」
「表に出ないのですよ。その人の力は」
「でも、オーラーが」
「熊谷さんなんて、オーラーのひとかけらもないでしょ。そんなものですよ」
「じゃ、誰とお近づきになれば、いいのでしょう」
「それはもう決まっているでしょ」
「え」
「あなたが最初に大物だと思った人」
「鯛のような形の大きな目の」
「ダルマです。そのダルマにしなさい」
「でも、そのダルマ、張りぼてなんでしょ」
「鈍い人です。でも押し出しは凄い。一番接しやすいはずです。それにあなた、ダルマにオーラーを感じたのでしょ」
「はい、多少は」
「オーラーなんてものはないのですよ」
「でも」
「あなたがそう感じただけの話。そんな光、見ましたか」
「オーラーが出ているところですか」
「光り輝くね」
「そこまでは」
「だからあなたの中だけで発生させたオーラーです。オーラーって、その程度のものですよ」
「有り難うございました」
「いえいえ、僕は子狸を狙っています」
「一番できる人でしょ」
「動きがチマチマし、軽薄で、軽いので掴めません。難しい人です。近付くと、さっと交わされます。本当に力のある人は、絵に描いたような人じゃないんですよね。それに態度も子狸は軽率だし、下手な洒落もいうし、下品だし」
「そんなものですか」
「まあ、あなたならダルマがちょうどです。大物として立てれば、色々と面倒を見てくれるでしょ。しかし、難しい用件は無理ですがね。新入りにはちょうどです」
「はい、分かりました。次のランチ会では、ここにお誘いし、あのダルマ、転がしてみます」
 
   了


2020年1月27日

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