小説 川崎サイト

 

ホットグリーンティー


 真冬、妖怪博士はほとんど動きはない。冬籠もりだ。そのため、何の活躍もしていないのだが、担当の編集者は相変わらずやってくる。
 この時期、博士は仕事をしていないので、連載仕事も休み。これは休んでも何の支障もないほど影響はなく、休載で部数が減るわけではない。どんないい記事が載っていても、部数は減り続けている。
 そこでウェブとかへ行くのだが、これは早くから掲示板があり、妖怪博士はそこによく顔を出す。読者からの質問に答えるためだ。ただ、そのほとんどは小学生。
 妖怪博士はネットを使っていない。そのため、電話を使っている。こちらの方が早い。担当編集者が読者に代わって質問し、それに答える。だが多くはプリントしたものを持って来ることが多く、そこに書き込む。この場合は返事が遅い。下手をするとひと月後に質問に答えることもある。月刊誌のウェブ版なので、そんな感覚でいいのだろう。
 その編集者が生声を出して、入ってきた。夜になると流石に鍵はかけるが、博士が家にいるときはかけない。それに訪問者も滅多にいないのだが、四谷のお岩と名乗る人が来たこともある。そんな人は最初から実在しないので、適当にあしらったが、たまに妙な人が来る。直接話を聞きに来るのだ。そのほとんどは妖怪の目撃談。
「やはり冬眠中でしたか」
「質問なら、先週電話で済ませたが」
「今回は何もありません」
「ああ、ついでに寄ったのですな」
 妖怪博士はグリーンティーの粉末を湯で溶かして出す。
 緑色の熱いお茶だ。透明感がない。
「最近はこれが気に入っておってな」
 編集者は、一口飲む。
「少し甘いですねえ」
「そうか」
「冬場は妖怪も休みのようで、いい情報はありません」
 妖怪情報はネット上で常時募集している妖怪の目撃談。
「何か、一つ作って欲しいのですが」
「またか」
「創作もので」
「まあ、その投稿、見たことはあるが、全部嘘じゃろ」
「そうです。創作ですが、本人が見たというのだから、見たのでしょう。少し大袈裟に書いてある程度だと思います」
「そのネタが切れたのだな」
「はい、投稿者も、ネタ切れでしょう」
「新作の妖怪は難しい」
「いえいえ、博士はその方面の新作妖怪では評判があります」
「まるで、創作落語じゃなあ」
「古典ものは、時代感覚が合わないですし、またありふれすぎています」
「いや、古典妖怪の中にも、解釈次第では高度なものがある」
「高度」
「高さ低さ」
「はい」
「低周波というのがある」
「聞いたことがありますが」
「聞こえない」
「聞こえない音ですね」
「しかし、鼓膜は振動しておる。だが、サイレント」
「何か中耳炎にでもなりそうな話ですねえ」
「これは風が吹いておるとき発生したりする。そういう山が昔からある。場所とかもな」
「風で鳴るんですね」
「風が鳴るんじゃない。何かに当たって鳴る。木の枝がしなったりするじゃろ。それで悲鳴のような音が聞こえる。しかし、音がしないタイプがあるんじゃ」
「はい」
「そういう場所に妖怪が出る。これは天然物だな」
「どんな妖怪ですか」
「妖怪というより幻覚じゃ。だから、その低周波を受けた人にもよるし、場合によっては複数の人が同じ幻覚を見たりする」
「何か、気持ちの悪い場所があるのはそのためですか」
「風じゃよ。風が吹かないと、そうならんがな」
「それは一寸イメージ的に難しいですねえ。もろの具が出てこないと」
「だから高度な解釈が必要」
「要するに幻覚を見ると、で、それはどういう場所でしょうか」
「土地の人なら知っておる。風の強い日や、寒い国なら吹雪のときには、立ち寄ってはいかん山や沢や、川や場所がある。昔からの言い伝えで、そういう現象があったためじゃろう」
「どんな場所ですか」
「私も詳しくは分からん。地形の問題。まあ、ビル風のようなものじゃ。それが乱気流のようになると、妙な振動を感じる。それが何かは分からん。鼓膜や身体は感じていても、頭はそれが何か、判断できん。しかし、それで不安になる」
「パニックのようなものですね」
「感覚の盲点を突かれた感じじゃ」
「はあ、何か難しい話ですねえ」
「まあ、そういうポイントは、聖地にし、人を入れないようにしたのだろう」
「しかし、このホットグリーンティー、得体の知れない味ですね。気持ち悪くなってきました」
「これも味覚の盲点を突いておる。舌は感じておるが、判断できんので、不快の信号を出しておるんじゃろう」
「今日は難しいです」
「聞こえないが、身体は反応する。耳や身体には届いておるのに頭には届いておらん。そういう現象がもっと他にもあるということじゃ」
「でも、頭は何かが起こっていることは分かっているのでしょ」
「それが明快に分からんから、不安を呼び起こす。この不安がバケモノを生む」
「もういいです博士。そのまま冬籠もりしていてください。今日の話はただの雑談ということで、お願いします」
「ああ、そうしよう。ところで、もう一杯どうだ」
「いや、ご遠慮します」
「妙味でいいのだがなあ、このホットグリーンティー」
「それって、ただの抹茶でしょ。茶道のとき、同じ器で回し飲みするあれでしょ。でもこれ、甘いので気持ち悪いです」
「いや、これはグリーンティーじゃ。夏のが余っておったので、ホットにしただけじゃ」
「ややこしいことを」
 
   了


2020年2月3日

小説 川崎サイト