小説 川崎サイト

 

春待ち


「今日は暖かいですねえ」
「まだ二月の中旬、まるで春のようです」
「桜が間違って咲き出しそうですよ」
「蕾は既にスタンバイしているんじゃないですか。しかし、この前見たときはまだそんなに膨らんでいない。また咲く前はほんのりと赤みを帯びます」
「じゃ、間違って咲く桜はないと」
「世の中、間違いが多い。それにたまに聞きますよ」
「それは早咲きの桜じゃないのですか」
「そのへんにあるようなソメイヨシノ。一番一般的な桜でしょ。それ以外にも桜には色々と種類がありますが、咲いていても、それが桜だと分からないことがあったりします」
「咲いているのに、桜だと認識してもらえないのですね」
「いや、木の枝に花を付けてる程度は分かりますよ。しかし、早すぎると、桜だと認識しにくい。桜が咲くシーズンに咲いている桜に似た花なら、それも桜だと思ったりしますがね」
「はい」
「桜の花見はどんな感じがいいのでしょう」
「そうですね。何気なく見かけた桜。これがいい」
「通り道とかですか」
「そうです。しかし、毎日通っていると、今咲くぞ、今咲くぞと、待つような感じで、これは駄目です。知らないところで、いきなり咲いているのを見るのがいいのですが、これは難しい。偶然ですからね。そういう場所に偶然来ていなければ、駄目」
「そうですねえ」
「または、桜などまったく興味がなく、咲いていても見ていない人。その人が桜を意識した瞬間、一気に桜が飛び込んできます。これもいい花見です。新鮮です。目の前で咲いているのを何度も見ながら、しっかりとは見ていなかったわけですからね」
「はい」
「ただ、それはその人が桜どころじゃなく、忙しく日々を送っていたという状況も必要です。桜なんて見なくても生きていけるでしょ。不便も感じないでしょ。なくてもいいのです」
「今は梅が満開ですねえ。桜は出番待ちで、まだまだ先でしょ」
「そうですね。この暖かさで、間違って、ぱっと満開になっていると、怖いですよ」
「今までまだ小さな蕾程度で、桜のさの字も感じなかったのに、ある日いきなりぱっと満開ですか」
「しかも散り始めています。桜吹雪がパーと」
「それは怖いです。この世じゃないかもしれませんねえ」
「そうです。足元を見ると一面の菜の花。もう真っ黄色です」
「それも怖いです」
「春は待つのがいいのです。ゆっくりと春の訪れを日々待つのがよろしいかと」
「はい」
「冬のさなか、春の一寸した気配を感じる。ここが一番美味しいのです」
「はい、食べてみます」
 
   了



2020年2月15日

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