小説 川崎サイト

 

振替休日


「今日は月曜ですか」
「そうですよ」
「まだ何か日曜のように思っていました」
「振替休日です。今日は」
「ああ、それで日曜っぽいのですね」
「休みですからね」
「つまり、日曜と祭日が重なったので、そうなったのですね。いや、知ってますがね。昨日祭日だったことを知らなかったので」
「はい」
「ところで、平日なのに休み。月曜なのに休み。妙な感じですねえ」
「よくありますよ。日曜と重なったときが」
「いや、知っているんですがね。何度も経験しているので。しかし、こんなこと経験もクソもないですよね。別に賢くなるわけじゃないし、スキルが上がるわけじゃない」
「あなた、何ですか」
「いやいや、今日は月曜で平日なので休みなので、どうしたのかと思い、それで、振替休日だと分かり、それを誰かに言いたかったのです」
「あ、そうですか」
「じゃ、失礼しました。通りすがりの人に言うようなことじゃありません」
「いえいえ」
 すれ違った瞬間、男は早足になり、雑踏の中に消えていった。
 話しかけられた男は鞄がないのにしばらくしてから気付いた。手提げ鞄だ。そんなもの、盗られるとき、すぐに分かるだろう。握っているのだから。それを気付かないで、すっと鞄を離していたのだろうか。
 男はすぐに追いかけた。
 雑踏が幸いしてか、男はそれほど遠くまで行っていない。平気な顔で、手提げ鞄を持ち、歩いていた。
「帰してもらえますか」
「え、何をです。ああ、先ほどの人ですね」
「盗ったでしょ」
「え、何を」
「私の鞄を」
「知りませんよ」
「手にしているじゃありませんか」
 容疑をかけられた男は鞄の中を見せた。大きなカメラが入っている。
「あれっ」
「これ、私のですよ」
「え」
「どうかされましたか」
「しかし、私の鞄が」
「あなた、鞄なんて持っていなかったんじゃありませんか。僕もよく覚えていませんが」
「しかし、確かにこの鞄は」
「じゃ、調べて下さい。よくある手提げ鞄で、ショルダーにもなるタイプです」
「あ、私のは手提げ専用でした。色は黒で、大きさデザインも同じだが、これは違う」
 立ち話中にさっと気付かれないように鞄をひったくれるわけがない。絶対に分かる。だから、できたとすれば魔術だ。
「失礼しました」
「いえいえ」
「そういえば」
「思い出しましたか」
「鞄、持って来てませんでしたわ。会社休みなので」
「誤解が解けて、何よりです」
「今日は仕事日だと思い、鞄をぶら下げているものとばかり思っていました」
「やはり紛らわしいですねえ。振替休日で平日の月曜が休みなんて」
「仰る通りです」
 
   了
 


2020年2月27日

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