小説 川崎サイト

 

村の三尊


「暇ですなあ」
「何を守ればいいのか、よく分からない」
「そうですなあ。もう必要じゃないのかも」
「仰る通り、西の方はどうですか」
「私も同意見です」
「じゃ、三尊とも意見が揃いましたなあ」
「まったくその通りで」 
 村の守り三尊と言われている石仏がある。既に顔かたちはない。最初から頭部がない石饅頭もいる。合わせて三尊。この村ができてから置かれている。しかし、村はもう市街地になり、田畑などない。最後まで残っていた農家らしい家も取り壊され、今は蔵だけが残っている。神社はこの村にはない。隣村に大きな寺社があり、元々は、そこから分かれてきただけ。つまり新田の村。
 人が全部入れ替わったわけではないが、昔からいる村人は激変した。
 この三尊を順番に参る老婆がいたのだが、最近来なくなった。もう自力では参れないのだろう。
 三尊はそれを最後に、もう祠仕舞いしてもいいのではと相談したわけだ。
 ところが、一尊が妙なことを言いだした。北と西と東に石仏が置かれているのだが、南だけはない。これはどういうことだろうかと。
 この三尊は離れた場所に置かれているが、会話ができるようだ。
 村の南は山に向かったところにある。残る三方はそれぞれ隣村と繋がる道が村に入り込んでいる。山からの道はあるが、余所者が来るようなことはない。そのため、そこには置かれなかった。
 三尊の実体は分からない。石饅頭レベルのもいるので、顔かたちそのものがない。村人たちは地蔵として祭っていた。しかし、どうも地蔵ではないようだ。しいて言えばもっと原始的な神。
 新田の村なので、村の神社がない、この三尊が最寄りの聖地となる。だから神社的な行事は、この三尊の前で行われていた。
「南は山なので、守る必要がなかったからではありませんか」
「しかし、物騒なものは人とは限りませんよ」
「しかし、守るといっても、皆さん、何かお仕事しましたか」
「何も」
「そうでしょ。飾りですから」
「そうでしたねえ」
「最近、石カビがきつくて、痒くて痒くて」
「よけいなことを」
「それよりも、今後どうなるのでしょう」
「道路拡張の話が出ています。そのとき、東は取っ払われるでしょう」
「西は」
「同じです」
「北も危ないです」
「まあ、捨てないでしょ」
「何処へ持って行かれるのでしょうねえ」
「そういうのばかり集められている場所があります。隣村のお寺です」
「じゃ、私らもそこへ行く運命なのですね」
「大勢いますよ」
「しかし、南にはどうして置かなかったのでしょうねえ」
「それは先ほど説明しましたでしょ」
「聞いていましたが、開けておいた方がよかったのではないかと」
「守らないで?」
「そうです」
「どうしてでしょう」
「こういうのは四方に張り巡らされるもの」
「そうですねえ」
「だから、三方の構えじゃないでしょうか」
「ほう」
「敢えて一方を開けておく」
「なるほど」
「四方を固めると、強引に入ってきます。しかし一方を開けていることで、せめぎ合いがない。だから、私達、一度も守った経験がないでしょ」
「じゃ、悪いものは南の誰も守っていないところから、どんどん入ってきたわけですか」
「今、考えるとそうです」
「まあ、それも昔の話、もう終わった話ですから」
「そうですねえ」
「攻め口を無理に開けておく。悪い陣形じゃない」
「まあ、最後まで参りに来ていた婆さんの姿が見えなくなったところで、もうこの村は終わりです。三尊の用はなくなりました」
「はい、ご苦労様でした」
「いえいえ」
「お疲れお疲れ」
 
   了



2020年2月28日

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