小説 川崎サイト

 

摂丹峡


「摂丹峡って、ご存じですか」
「知りません」
「有名じゃありませんからね」
「そこが何か」
「仙境です」
「ほう、それは地上にあるのですか」
「摂津と丹波の間。ちょうど境目です」
「それで摂丹峡」
「そうです。しかし、境目なので、これが怪しい。何でもそうです。境界線は危ない。端と端というのは何かちょっと違ったものがあります」
「摂丹峡の最寄り駅は?」
「福知山線ですが、遠いです。しかし、山越えの幹線道路はあります」
「摂丹峡はそこにあるのですか」
「そのあたりです」
「周囲に観光地は」
「ありません。摂津の外れ、もう山また山で、村はありますがね。丹波から見ても端っこですから。そのため、その近くを通るのは丹波と摂津を行き来する人だけでしょ。京の都へ行くこともできますが、いずれにしても山がきついので、これは間道でしょう」
「仙境がそこにあると」
「ところが、そんな土地はないのです」
「はあ」
「このあたりの山々、結構深いですので、谷に入り込むと、渓谷になります。狭苦しい場所です。水路と言ってもよろしい。山々の襞の間です。だから渓谷は無数にあります。でも行き止まりですがね」
「摂丹峡はその中の一つですか」
「ところが、結構開けているのですよ。普通の山間の村のようにね。ただ、長細いですが」
「行かれたのですか」
「一度それらしいところに迷い込んだことがあります」
「仙境でしたか」
「家もありました。ただ、時代が分かりにくいです。藁葺き屋根もあれば瓦葺きもありますし、お寺の大屋根もあるし、道にいきなり大鳥居もありました。だから普通の村落だと思っていましたよ。しかし、そんな村は存在しなかった。丹波から見ても摂津から見ても一番奥ですからねえ。境界線あたりには村はありません。山ばかりです」
「見間違えたのでしょ」
「おそらくそうでしょ、迷い込んで戻ったのか、または丹波にもう入ってしまって、その中にある村かもしれません」
「じゃ、なぜわざわざ摂丹峡と呼ぶのですか」
「別の人も同じ体験をしたようです。一番奥にある村の人も摂丹峡は知っていました。いや、それを摂丹峡だというのをそこで初めて聞いたのですがね」
「土地として存在しない。地図上にもない空間ですか」
「ただの空間じゃない。こちら側の空間じゃないことは確かです」
「不思議な場所ですねえ」
「場所というか、その場が限りなく狭いのです。地図上では点ぐらいの大きさかもしれません」
「人はいましたか」
「いえ、見ません。でも人が住んでいそうな気配はしました」
「中を見なかったのですか」
「はい、中心部に向かって進んだのですが、その途中で、逆戻りしていました。たどり着けません。そして後ろを見ると、山また山で、ただの林道でした。引き返して、もう一度入ろうとしたのですが蜃気楼のように消えていました」
「珍しい体験談、ありがとうございます」
「不思議な話が好きそうな人だったので、つい語ってしまいました」
「でも近くの村の人もたまに迷い込んだのでしょうねえ。だから摂丹峡と名付けたわけですから」
「そうですねえ。それを聞いて安心したのですよ。僕だけの幻覚じゃなかったってね」
「そうですねえ」
「でも、すべてがお話ですから、そこをよくご了承を」
「はい、了解しました」
 
   了




2020年3月4日

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