小説 川崎サイト

 

村の三長老


 村の人だが、めったに姿を現さない。当然見た人はいるので、噂だけの人ではない。そして怪物ではない。
 千草の隠居が村のメイン通りを歩いている。何か心配顔で。
 そこを抜けると大きな屋敷が並んでいる。いずれも豪農だろう。その中でも際だって大きな農家がある。武家屋敷並みだ。この村の大庄屋で、近在の村まで仕切っているような家柄。その裏口から千草の隠居が入ってきた。
「珍しい人が来ましたねえ」
 大庄屋は丁寧に迎え入れる。この地方を治めていた人で、その末裔。だからこの大庄屋以前は千草館がこの一帯を仕切っていた。今もその面影が残っている。それは山だ。周辺の山々は今でも千草家のもの。
 千草家は既に力を失い、里山にこもっている。そこが千草の地で、発祥の地。
「何かありましたかな隠居」
「ああ」
 そこへ千草とは反対側の山にある寺の隠居が来た。この人は村でも影響力があり、どの家も寺には世話になっている。むしろ大庄屋よりも力があるかもしれない。
 さらにもう一人、訪ねてきた。これは神主だが、三代前。だから引退して久しく、かなりの高齢。外に出ることはほとんどない。
 つまりめったに表に出ない三人が来ていることになる。
 さすがに大庄屋も圧倒された。村に何か異変でも起こったのか、または何か言うことがあるので来たのか。それは分からない。
 ただ昔から村の大事の時、この三長老が姿を現すという。よほどのことがない限り、外に出ない人たち。だからもの凄く重大なことだろう。
「おや何十年ぶりですかな千草様と会うのは」
「それより住職、もう亡くなられたのかと思っていました」
 三人がそろって会うのは久しぶりのようだ。
 大庄屋は何事が起こったのかと思う。非常時に顔を出すという隠居たち。
「千草はのんびりしておるようですなあ」住職が聞く。
「いやいや、もう山暮らしが身につき、降りてくるのは久しぶり。ご住職もそうでしょ」
「元です。今はただの隠居。奥ですっこんでおります。歴代の住職の供養をする程度」
 神主の隠居は無口な人らしく、ほとんど会話に加わらないが、始終にこやかな顔で聞いている。以前は厳つい顔をしていたのだが、顔も白っぽくなり、棺桶に足の一本は入っている風貌だ。
 三人が雑談を始めたので、大庄屋は酒膳を用意させた。
 この三長老から見ると、大庄屋など子供だ。
 三人は飲むだけ飲み、食べるだけ食べて、帰って行った。酔っているので、それぞれ人を付けて送らせた。
 何が言いたかったのだろうと、大庄屋は考え込んだ。実は思い当たることがある。いつの間に長老たちの耳に入ったのだろう。
 つまり、それは村の危機。それをしてはいけないと言いに来たのだろう。
 大庄屋は新たな事業を興そうとしていたのだが、中止した。
 
   了



2020年3月6日

小説 川崎サイト