小説 川崎サイト



油断

川崎ゆきお



「油断していた」
 いつも騙す側の吉田が騙された。
「油断大敵でしょ。吉田さんがやられるとは思えないから、そうなんでしょうね」
「何がそうなんだ?」
「今、おっしゃったじゃないですか。油断していたと」
「油断するからやられる。それだけのことだ」
「油断禁物ですね」
「すべては油断から始まるのかもしれないなあ。つまり油断させることが大事なんだ」
「油断って、気持ちの隙でしょうか」
「ガードが当たっていない箇所だ」
「吉田さんのような抜け目のない人にも、そんな隙があるのですね」
「すべて構えてかかるなんてできないさ」
「何か教訓、ありませんか?」
「君は好きだね、そういうのが」
「はい、趣味です」
「君も仕事すればいいのに」
「僕は見ているだけでいいです」
「そうか」
 吉田は斜め上に視線を投げる。
「出て来るであろうところには出ない。出て来ないであろうと思われるところに出る」
「それが、教訓ですか?」
「信長が言ったらしい」
「じゃ、吉田さんも、出て来ないであろう所に出られたのですね」
「相手がね」
「でも、そういうこと御存じな吉田さんなのに、見抜けなかったのですか?」
「これは戦の話だよ。まさか挑んで来ようとは思わなかった」
「つまり相手は戦う気配がなかったのですね」
「そうだ。だから戦うことは想定していなかった」
「それは油断でしょうか?」
「今考えると、相手が戦わないと決め込んでいたんだな。それが油断だ」
「でも対処できたのでしょ」
「だから、ここでこうして喋ってられる」
「良かったですねえ」
「余計な手間を使った」
「世の中、油断も隙もないですねえ」
「相手がどんな反応するのかが、分かっているようで分からない。分かっていると思うことが油断の元だな」
「ところで、吉田さんはどうして、そんなことまで僕に話してくれるのですか」
「油断してるからさ」
「またまた」
 
   了
 
 
 


          2007年8月3日
 

 

 

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