小説 川崎サイト

 

山下


 ひと山越えたためか山下は落ち着いた。そういう山は大小あり、優しい山もあれば険しい山もある。そのほとんどは越えられる山、登り切れる山なのは無理な山には登らないためだろう。
 今回は少しややこしい山に登ったので山下は疲れたようだ。いつもは山の下にいる。だから山下。おそらくその姓をつけた人は、そんなところに住んでいたのだろう。侍ではないので、適当なのにしたのだろう。
 それでひと山越えたので、ほっとしていると、またひと山が来た。これはパスしたいところ。ひと山越えたばかりなので、ゆっくりしたい。
「まあそう言わずに山下さん、是非お願いします。決して難しい話ではありませんので」
「いえ、疲れて、もうその気が」
「簡単な用件です」
「じゃ、他の人に頼めばいかがです。簡単なのでしょ」
「山下さんにしかできませんから」
 山下はいやいや引き受けた。聞けば簡単な用事で、子供の使いに近い。
 しかし、自分にしかできないというのはどういうことだろうか。ここがちょっと引っかかった。他にできる人が大勢いる。しかし山下にしかできないとなると、これは奥があるのではないかと疑いたくなる。
 だが、この依頼者とは普通の関係で、踏み込んだ関係でもない。そんな裏のあるようなことを仕掛けるはずがない。
 それで、疲れていたが簡単な用ならこなせるので、出かけることにした。ひと山越えたばかりなので、休憩したいところだが、軽い山のようなので問題はないだろう。
 だが、その用事、確かに簡単なのだが、妙に疲れる。簡単なように見えて、結構難儀する。低い山のはずなのだが厳しい。
 簡単そうに見えるが実は簡単ではない。それはなめてかかったからではなく、地味に面倒な山だ。
 山下は不思議に思った。なぜこんな簡単な山が難しいのかと。簡単すぎて難しいのではない。簡単なほど難しいのかもしれない。
 山下は難事の山下と言われるほどのベテランであり、達人。高難度の山下とも呼ばれている。
 簡単そうに見えて難しい。確かにこれは山下でないとこなせないかもしれない。だから依頼者の選択は間違っていなかった。
 簡単そうだが難しい、その面倒な用事をやっと済ませたて戻ってきたのだが、すぐに寝入ってしまった。疲労度大。
 その翌日、ふた山越えた分、ゆっくりすごしていたのだが、今度は違う依頼者が来た。
 ものすごく難しい要件で、山下さんにしか頼めませんと。
 山下は数日は休憩したかったが、引き受けた。
 難しい方が実は簡単かもしれないためだ。前回の逆読み。
 しかし実際にやってみると、難事の山下でも手強く感じるほどの飛び抜けて難しい用事だった。依頼者は嘘をついていなかった。
 これで山下は難しい山ばかり三度も超えている。なかなか山の下でゆっくりしている状態の山下にはなれない。
 姓を山上と改めるべきだろう。
 
   了
 
 


2020年3月17日

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