「また、怖い話を聞きにきました」
恐怖マニアの青年が恐怖研究の大家を訪ねた。
「またか」
「前回は怖くなかったので、今回はよろしく」
「私は講談師じゃないよ。研究家だ」
「ですから、怖い話をいろいろ知っておられると思いまして……」
「語ってくれということか」
「はい」
「その根性が怖いよ」
「それも含まれるのですね」
「私はボランティアではない。簡単に話す気分にはなれないねえ。けちっているんじゃないよ」
「でも、怖い話がお好きなんでしょ。だったら、好んで話されるのかな……と思いまして」
「誰が好きだと言った」
「お好きなので研究されておられるのでしょ」
「それは君達の論理だ」
恐怖マニアは大家の機嫌を損ねたようだ。
「今度講演を依頼したいと思っています。全国大会を開催します。先生に特別講演をお願いしたいのですが」
「そんな大会があるのかね」
「あるんです」
「頑張っておるなあ」
「恐怖体験談を三日三晩語り明かします。やはりナマで体験者が語る方が臨場感があって怖さも増すと……」
「それはテキスト化されないの?」
「投稿掲示板にアップされています。先生の研究にも役立つかと……」
「読ましてもらいましたがね」
「怖かったでしょ」
「怖く読ませようとしているのがありありと分かるね」
「でも、怖くて読めない人もいるんですよ。これは有益なソースでしょ」
「真意は分からない」
「嘘ではないと思います。恐怖体験談ですからね」
「もう、よろしい」
「講演は引き受けていただけますか? 講演料頑張りますから」
「交通費は?」
「当然です」
「日帰りは辛い」
「ホテルも用意します」
大家は承諾した。断る理由を探す方が難しい。
「どういうお話になるか、さわりだけでも話してもらえれば嬉しいのですが……何か怖い話、ありませんか」
「まあ、待て。まだネタをくっとらん」
「あ、はい」
了
2007年8月4日
|