小説 川崎サイト

 

ある面接


 どうせ駄目だとは思うものの武田は面接を受けることにした。面接は三回あり、その初回。正社員だ。条件は悪いし、好きな仕事ではないが、選んでいる場合ではない。とりあえず会社員になることが目的。そうでないと周囲がうるさい。気に入らなければすぐに辞めればいい。一応就職活動をしているので、その成果をたまに見せないといけない。合格すればいい。これがフィニッシュで、その先はなかってもいい。つまりすぐに辞めてもいい。
 と、思いながら武田は面接会場の多目的ビルの前まで来た。
「面接の方ですね」
「そうです」
「案内します」
 多目的ビルは高層ビルで、しかも二つ連なっている。橋が二カ所架かっている。空中橋だ。ここで仕事をするわけではない。ただの面接会場で、会社が借りているだけ。
 武田は案内の人の後ろを歩いている。これも面接試験の一部かもしれない。立ち振る舞い、身のこなし方の。
 案内されたのは地階で、上ではない。地下も数階あり、駐車場も入っている。飲食店が入っているフロアと同じ場所に、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアがあり、その中へ入っていった。
 楽屋裏にでも入り込んだような部屋。仕切りがあり、その向こうから年配の人が出てきた。
「月収は五十万です。安いですが、すぐに上がります。いいですか」
 武田はきょとんとした。その意味を考える以前の段階だ。いつもの面接会場の雰囲気とは全く違う。
「自宅勤務になりますが、よろしいですね」
「はい」
「あのう」
「何でしょう」
「あ、いや、なんでもありません」
 人違いのようだ。武田が受ける会社ではない。間違って武田を案内したのだ。
「仕事内容なのですが」
「選べません」
「はあ」
「一応役員です」
「役員」
「会社役員です。聞いてませんでしたか」
「あああ、はい聞きました」
「じゃ、ここに振込先を書いてください」
「ああ、はいはい」
「これで終わりです。何か質問は」
「自宅勤務で、その勤務なのですが、何をするのでしょうか」
「何もしなくても結構です。余計なことは」
「じゃ、自宅待機」
「役員会議のとき、顔を出してもらえばいいのです。月に一回、あるかなしです」
「分かりました」
「じゃ、これで採用というより、我が社に来てもらえると思っていいですね。特に契約書はありません」
 武田は保険はどうなるのか、年金はどうなるのか、などと考えていた。それがないと会社員らしくない。
 それを言うと、当然すぎることなので、苦笑された。退職金の額まで示された。ものすごい金額だ。
 武田は、その楽屋のように散らかった部屋を出て、飲食フロアに戻り、多目的ビルを出た。
 そして最初、案内してくれた人がいる場所まで来た。
 その人はもういない。
 面接は武田一人だった。
 そして、何気なく、ロビーを覗くと、催し物の札がぎっしりと並んでいる中に、武田が受ける会社の名前があった。面接会場は五階の第八会議室と書かれている。
 時計を見た。既に過ぎている。
 武田はぽかんと、その場で立ち尽くした。
 
   了
 
 


2020年4月2日

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