小説 川崎サイト

 

夜中の影


 藤田は夜中に一度目を覚ます。トイレだ。疲れてぐっすり眠っている夜は朝まで起きないこともあるが、めったにない。
 また夜中に二回も三回もトイレに行く日がある。これは体調が悪いのだろう。しかし、普段は一回起きる程度。時間もほど決まっている。
 寝床からトイレまではそれなりに遠い。広い家ではないが、寝床は家の端、その角っこで寝ている。トイレも家の端で、角。だから一番長い距離になる。部屋を二つまたいでおり、廊下があり、下駄箱がありトイレがある。途中、他の部屋や炊事場などと繋がっている。二階はない。
 一人で住むには広いし、使っていない部屋の方が多い。だが古いので、安かった。昔は家族が住んでいたのだろう。
 その夜も、目が覚めたのだが、普通のことだ。決まり事ではないが、慣れたもの。枕元のスタンドをつけ、通り道を照らすようにしている。そのとき時計を見る。やはり昨夜と同じ時間。メモをとっているわけではないが、十五分程度の誤差がある程度。長くて三十分だろうか。
 隣の部屋との仕切りは真冬でも開けている。だからスタンドの明かりだけで、すっと通れる。さらに廊下側に明かりがあり、それが漏れる。漏れるように廊下と部屋の仕切りの襖は少しだけ開けている。別に隙間風が入ってきて寒いわけではない。当然夏は開けている。それで、明かりのリレーができている。
 いつも思うのは廊下との仕切りの襖や壁に影が映ること。寝床のスタンドからの下からの明かりだ。それを後ろに受けながら行くので自分の影ができる。腰と足が見える。上半身は遮れているためか、影は映らない。
 腰と足、そして手をだらりと垂らせば、手も見える。
 自分の影なのだが、怪物のようにも見える。だだ、右足を動かせば、影も動くが、影にとっては左足だろう。
 この影絵を毎晩見ているのだが、見え方が日によって違う。枕元のスタンドの角度が変わるためだ。起きているときは邪魔なので動かすし、首を回したりする。布団に入ったときに毎回セットする。光の方向はここで決まる。自分に向けるとまぶしいため、隣の部屋側に向け、間接光にしている。だが、微妙に左右の向き、上下の向きが変わるのか、影の出方が毎晩違う。
 布団からむくっと立ち上がり、まだ目がしっかりと覚めていない状態で、よたよたと歩いている。その姿はやはりモンスター。着ぐるみの怪獣かもしれない。たまにゾンビやミイラ男にでもなったつもりで、より、ぎこちない歩き方をしたりする。
 夜中、目が覚めても見るべきものはないはずだが、これを見るのが楽しい。正体が分かっているので、怖くはない。
 光がなければ影もできない。影そのものが独立してあるわけではない。
 しかし、藤田の動きとは別の動きをやり始めると、怖いだろう。そんなことはあるわけないが。あればトイレへ行くどころではなく、尿意も止まるだろう。
 そこに投影されているのは確かに藤田なのだが、別の生き物のに見えることもある。錯覚だとは思いながらも、何か得体の知れないものが目の前にいるような気がする。
 自分自身なのだが、自分自身が知らない自分のような。
 
   了


 


2020年4月4日

小説 川崎サイト