小説 川崎サイト

 

不思議な客


「昨日今日の話ではないのですがね」
 男は語り出した。
「不思議なことが起こっているのですよ。これは人に言っても信じてもらえない。だから言わないで、じっと我慢していたのです」
「我慢ですかな」
「そうです」
「我慢はよくありませんなあ」
「そうでしょ。だからその我慢、今日は発散しようと訪ねてきたのです。こんなことを言えるのはあなたしかいない」
「それはいいのか悪いのかは分かりませんがね。まずは聞きましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「で、不思議なこととは」
「それが分からないので、不思議なのです」
「はあ」
「正体が分かっておれば、不思議でも何でもない。そうでしょ」
「そうですねえ」
「不思議なことが起こっているのは分かっているのです。昨日今日じゃない。これは先ほど言いましたね。かなり前からです。しかし、そんな大昔からじゃない」
「それ以前にもそんな体験がありましたかな」
「あったかもしれませんが、気付かなかったのでしょうねえ」
「あ、そう」
「以上です」
「はあっ」
「終わりました。これですっきりしました。やっと人に話せて」
「聞きましたが、何かよく分かりません」
「だから不思議なのです」
「何が起こったのかも分からない」
「分かりませんが、何かが起こっていることだけは分かります」
「具体性はないのですね」
「ありません。だから、人に言っても、理解してもらえません。あなたなら大丈夫ですが」
「大丈夫です。でも、その程度のことなら、誰が聞いても、驚かないでしょ。不思議な話には違いありませんが、イメージがわきません。具体性がないので」
「そうですねえ。一人で不安がっているようにとられますが、決して不安とか、怖いとかではありません」
「え、何がですか」
「その不思議な現象の印象です」
「具体性がないのに、分かるのですかな」
「そうです」
「どういった印象です」
「懐かしいような」
「あのう」
「はい」
「それは誰だって感じていることじゃありませんか」
「いえ、違います。原因が分からないのですから」
「その話、お聞きするだけでよろしかったのですかな」
「はい、もう十分です」
「何か解説は必要ですか」
「いえ、不必要です」
「いらない」
「はい。これで、我慢が発散されました。やっと話せて。ありがとうございました博士。これはお礼です」
「いえいえ、私は何もしてませんよ」
「では、失礼します」
 妖怪博士は客を見送った。
 実に不思議な客だ。
 
   了

 


2020年4月5日

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