小説 川崎サイト

 

花見入道


 春爛漫。桜も満開。その名所は人で賑わっている。岸和田も人並みに花見に出た。だが、一人なので、これは純粋な花見だ。見ているだけで、宴会はしないが飲み食いはする。鞄の中にサツマイモをふかしたものが入っている。それとお茶。これも家で作ったもの。最初は熱かったが、今はぬるくなっている。少し歩いたので冷たいお茶が欲しいところだが、それは仕方がない。外の気温より少しだけ温かいお茶。がぶがぶ飲むわけではないが、サツマイモを食べるとき、必要だろう。
 そのサツマイモ、大ざるに盛られいて安い。一本あたり半値だろうか。しかし質が問題。とろけるような柔らかさだったので、今回もそれを買ったのだが、味が変わっている。産地は同じでも栽培した人が違うのだろう。少しゴリが入っている。値段的には妥当なところ。前回が良すぎた。
 桜の名所には大きな神社があり、それが入り口。参拝料はいらない。山中にあるが、神社だと思っていると大きなお堂。これは講堂だろうか。お寺ではないか。釣り鐘堂もある。
 その周辺が見所で、花見客のほとんどはそこに集まっている。
 岸和田はその端っこで、すぐ藪が迫っている。石がゴロゴロしており、岩場が続き、あまりいい場所ではないが、少し高いので、見晴らしはいい。
 そこで例のサツマイモを取り出し、お茶を飲みながら食べていた。塩を忘れたのをそのとき思い出したのだが、もう遅い。決して水くさい芋ではなく、最近の芋なので、甘みが勝っている。だから塩はいらないかもしれない。
「奥へ行かれましたかな」
 岸和田の後ろに、まだ人がいたようだ。そこはもう端の端だ。入道頭の老人。和服か洋服かよく分からないようなのを羽織っている。ズボンも袴かモンペかが分かりにくい。ペルシャ系だろうか。癖があること丸出しの老人だ。
「この奥ですね。知ってます」
「奥の桜が素晴らしい」
「はい、承知しています」
「行かれないのですか」
「はい」
「まあ、少し歩くことになりますし、上り坂ですからねえ。あまり人気はありませんが、下が散っても上はまだ咲いていたりします」
「そうですねえ」
「まあ、今はここが満開、上よりも見応えがありますがね」
「そうですねえ」
「上に行きませんか」
「いえいえ、ここからでも見えていますので」
「そうですなあ。でも上の桜の下まで行くのがよろしいかと」
「どうぞ、お先に」
「そうですか。一人でしょ。暇でしょ。上の桜を見ないと、この地の桜を見たことにはなりませんよ」
「いえいえ、お先にどうぞ」
「そうですか。いいことを教えたのにねえ」
「いえ、知ってます」
「じゃ、行くべきでしょ」
「ここから見ている方がいいかと」
「ほう、いいものが先にあるのに」
「行ってしまえば終わりでしょ」
「終わり」
「もうその先はないのでしょ」
「しかし、このお山の桜を極められます。上の方が古木も多く、本物です」
「だから極めてしまうと終わりでしょ」
「なんと」
「ケツの穴の毛まで見てしまうようなものです。そんなもの見てしまうと終わりでしょ。どれも同じようなもの」
「急に飛躍しますなあ」
「手前がいいのです。見ているだけで、まだ奥があるんだなあと思っている程度が。行こうと思えば行けますよ。でもその余地を残している方がいいのです」
「奥の桜を余地だと」
「そうです」
「それは興味深い。面白い意見じゃな」
「あなた、誰ですか。寺の人ですか」
「寺の者が、こんな藪の中で座る理由がなかろう」
「そうですねえ」
「わしのことより、おまえさん、変わっておる。それはふかし芋じゃろ。もっと花見らしい重箱などは持ってこなかったのか」
「一人ですからねえ。そんなの一人で食べているとものすごく寂しい人になるでしょ」
「サツマイモをかじりながらの花見。これも寂しいぞ」
「あ、これは、昼は最近こればかり食べていまして。習慣です」
「まあいい。集団というのがある」
「急になんですか」
「花見も集団。中央部がよろしい。端は危ない。集団で動くとき、弱いものは中、強いものは外側」
「はい」
「だから花見も同じで、こんな端の藪に近いところは危ない」
「あなたのような人が出現するからでしょ」
「野生のものがな」
「はい」
「まあいい。誘っても乗らん、食えぬ奴。好きなようにすればいい」
 入道頭の老人は藪の奥へ消えていった。
 あとで、妖怪博士に聞くと、花見入道と言うらしい。急に立ち上り、ざっと降り、さっと去って行くと。辻説法系らしい。
 
   了


2020年4月6日

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