小説 川崎サイト

 

陰獣王


 春の良い季候なのに、吉田は体調が悪い。季節の変わり目は過ぎており、既に春本番。
 陽気がいけないのかと思い、陰気なことを考える。陰気な方が吉田は元気。まさに陰獣。
 亀も泥布団から抜け出す季節なのだが、吉田はまだ寒いようで、固まっている。
 何か陰気なことでもすれば、元気になるかもしれないと思うものの、いつも陰気なことをしているので、それ以上陰気なことは考えつかない。いろいろと案はあるが、実際にはできないだろう。それこそ陰獣になって猟奇犯罪でもすれば、陰気な場所に長く入らないといけない。動けないのは困る。自由にどこにでも出かけたい。しかも、陰気に。
 春のこの陽気が吉田にとり天敵なのかもしれない。それで毎年体調が悪い。
 どこがどう悪いというわけではないが、体がだるく、気力もだるい。何をするにも気が重い。部屋の中でのんびり過ごせばいいのだが、元気でないと楽しめない。
 陽気な元気ではなく、陰気な元気。それにふさわしいものを探すが、やはり出てこない。ほとんど使い果たしたためだろう。
 吉田は重い体を動かして、同じ陰獣の谷のアパートを訪ねた。同類相哀れむだ。
 ところが、「陽獣になるべきだろう」と谷が意外な発言をする。
「どうかしたの谷君、陰獣クラスでは数段上の君がそんなことを言うなんて」
「陰獣に飽きた。これからは陽獣だ」
「どちらにしても獣なんだね」
「じゃ陽人だ。太陽の子だ」
「それは似合わないと思うけど」
「陰獣だから、君のように体調が悪いんだ。暗いことばかりやってるから体も陰気になり、病の巣窟になる」
「それは谷君も同じでしょ。もっと重症でしょ」
「だからこそ陽獣へチェンジするんだ」
「それで、どうするわけ」
「簡単だよ。ノーマルな人間になる」
「本当かなあ」
「これは僕が集めたゾンビ系のビデオだ。全部君にあげるよ」
 本棚二つ分ほどある。
「それと、これはダウンロードして落としたものだ」
 小さなハードディスクからコードを外し、それを吉田に手渡した。
「そして陰獣王の称号を君に譲る」
「いや、僕も辞めた方が良いのかな、と思っているところなので」
「後継者は君だ」
 吉田はハードディスクと紙袋に入るだけゾンビビデオを詰め込み、さようならをした。
 谷は本当に陰獣を辞めるつもりなんだ。
 戻ってから、まだ見ていないゾンビものや陰気な映画を続けて見たためか、元気が戻ってきた。陰気が満たされたのだろう。それで、体調も回復した。
 陰獣王だった谷は、その後、病んで入院したらしい。
 
   了


2020年4月7日

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