小説 川崎サイト

 

喫茶店を探せ


 地方都市というより地方の街。駅があり、ビジネスホテルもある。観光地ではないが、地の人が昔から住んでいるのだろう。城下町でもないし、門前町でもない。田舎くささがないのは、建物が新しいのだろう。駅舎も新しいもの。
 人家は多く、店屋もある。よくあるような駅前の商店街はアーケード付きで、それが中で迷路のように伸びている。
 奥田は意味もなく、この駅で降りた。しかし、何か意味があるはず。ただの観光客なのだが、ありふれたところへは行きたくない。普通の地方の街を見学したい。ただ小さすぎてもいけない。外から来た人がうろうろしていてもいいような場所。これは観光地なら条件がそろうのだが、そうではなく、普通の人が普通に暮らしている街がいい。
 だが奥田のような観光客は少ないだろう。観光ではなく、仕事で来ている人が多いはず。見るべきものなどないのだから。
 そして圧倒的に通りを歩いている人は地元の住人だろう。
 駅前から商店街の枝道に入ったところにビジネスホテルがある。案内板が駅前にあるので、奥田はまず宿を決めることにした。もう夕方前だが日は高い。見学するにはちょうど。
 メイン商店街から脇に入り、少し行くとアーケードが切れる。上を見ると天井の骨格が出ており、何かが垂れ下がっている。破れたのだろう。そして、普通の路地になる。そこにビジネスホテルがあるはずなのだが、それらしいビルはない。普通の二階屋にホテル名が書かれている。昔の商人御宿レベル。これならビジネスホテルではなく、ビジネス旅館だろう。
 ガラガラと表戸を開けると、ロビーがあり、カウンターがある。表とは違い、意外と広く内装もいい。
 鍵を受け取り、二回の階段を探したが、エレベーターがある。しかし、二階しかないのだから、これは何だろうと思う。
 観光地よりも、この日本家屋の内装だけホテルのビジネスホテルの方が、いいものを見せてくれる。
 大きなリュックを置き、中から小さなカメラバッグだけを抜き出し、早速探索に出た。
 カメラバッグの中には財布と標準レンズ付きの一眼レフだけ。一番の軽装だ。カメラバッグに入れているのは、カメラを見せたくないため。観光地ではないので。
 奥田にはお決まりのコースがあり、まずは喫茶店に入ること。それで狭い商店街を抜けた角に質屋があり、そこを左に曲がり、本通り商店街と書かれたところを駅前へ向かう。その途中の商店街はがらんとしており、そして喫茶店が見当たらないので、結局駅舎まで出た。
 ファスト系でもあるだろうと思っていたが、視界にない。ここになければ、商店街の方だが、それは先ほど見た。もっと奥にあるのかもしれないが、それでは条件が悪いだろう。駅前は広々としており、瓦葺きの民家があるし、空き地もある。シャッターを閉めてから長いのか、錆が来ている店舗もある。
 また、長い間、人が出入りした様子のない民家も。
 しかし、人通りはまばらながらあり、自転車も行き来している。車も通っている。
 奥田は本通り商店街に戻り、喫茶店を探すことにする。すぐにビジネスホテルへの分かれ道の質屋前まで来た。ここまでにはなかったのは、先ほど見たので分かっている。その奥まで探すしかないが、アーケードの端が見えない。かなり深い。そして視界に入る限り、喫茶店らしき看板がない。ドアの前に何かを置いているだろう。焼き鳥の看板はあるし、焼き肉やマッサージ。その奥には布団と書かれた巨大な文字も見える。
 さらに進んでいくと、枝道が出ている。そちらにもアーケードがあり、狭いが深い。ただ、出口までは見渡せる。ここにも喫茶店らしきものはない。
 それで本通りの奥まで入り込む。大きな大衆食堂があるが、看板だけ。
 ビジネスホテルは素泊まりなので、夕食をどこかでとらないといけないが、これは飲み屋に入ればいい。または田舎町の喫茶店にある定食。これが意外と盛りが多く、おいしかったりする。喫茶店は難しそうなので焼き肉屋でもいい。寿司屋も開いている。
 人はそれなりに歩いており、子供もいる。商店街で遊んでいる子供達もいる。走っている。
 老人もいるし、青年もいるし女学生もいる。
 まるでとってつけたようなエキストラではないか。
 そんなはずはないが、かなり奥まで来たのに、喫茶店がない。枝道が見えるたびに奥まで見るが、やはりそれらしきものはない。
 終わらない商店街はない。いくら深い洞窟でも出口がある。それが見えてきた。トンネルの出口だ。明るい。
 その端に餅屋がある。よく見ると老舗の和菓子屋のようだ。そしてクリーニング屋。さらに牛乳屋。
 それが最後で、外界に出る。普通の町並みがまだ続いている。さすがにその先は丘があるのか、緑が多くなり、その向こうに山の腹が見える。
 しかし、喫茶店が見つからない。まさかここは喫茶店のない街なのか。そんななはずはない。もしそうなら、それで話題になるだろう。
 それに喫茶店を作らない理由は思い当たらない。確かに喫茶店は少なくなっているが、ファスト系ぐらいあるだろう。だが、それさえない。なくても困らない人の方が多いはずだが、旅先で、ちょっと休憩したいとき、あれば助かる。茶店と同じなので。
 これはややこしい街に来てしまったと思いながらも、ないのなら仕方がない。自販機でコーヒーでも買って飲むしかない。だが、奥田はコーヒーが好きなわけではない。また喫茶店はコーヒーを飲むためにあるとは限らない。ジュースでもいいし、軽食でもいい。
 しかし、何か胸騒ぎがする。この街、何かあるのかもしれない。探索するつもりだったが、悪い予感がするので、ビジネスホテルに戻ることにした。このまま街を彷徨いていると大変なことが起こりそうだ。
 道行く人、商店街を行く人を見るが、相手は奥田を見ない。奥田のことなど無視している。まあ、よほど妙な格好でもしない限り、目立たないし、よくいる通行人の一人なので、わざわざ見る必要もないのだろう。
 しかし、目の端で、ちらっと見ているのではないか。また奥田からは見えない位置からじっと見つめているのではないか、と妙なことを考え出す。
 来た通りをそのまま戻る。ここは一度通った場所なので、安全。新たなことなど起こるはずがない。
 すぐに駅側の出口が見える。洞窟の入り口でもあり出口だ。アーケードの端。
 そこまで出ないで、枝道に入り込む。質屋の看板が目印で、そこを曲がればビジネスホテルへ続く路地。ここも商店街で、アケードはある。これを見るのも三度目だろうか。
 少し行くと二階建ての民家のようなビジネスホテルが見えるはずなのに、ない。
 その代わり白くて高い壁。壁で道が塞がれているわけではない。路地沿いに立っている。だがこれはどう見てもビジネスホテルがあった場所。
 近づくとホテル名が書かれている。五階はあるだろうか。玄関口近くまで行くと、少し広い道に変わる。つまり、商店街からの道は近道というか抜け道のようなものだったようだ。広い道がホテル前まで来ている。
 表のドアを開けると、ロビー。確かにこの建物だ。エレベーターもある。
 二階しかないのに、エレベーターはおかしいが、階段がきつい人のためにつけたのではないかと思っていた。だがよく見ると、エレベータードアの上に文字が横に並んでいる。五階まで確かにある。最初見たときも、そうなっていたのだろう。見落としたようだ。
 木造二階建ての民家なのに内装はホテル並みだと思っていたが、違っていた。それで普通だった。
 カウンターへ行くと、顔を覚えているのか、ボーイが鍵を出してくれた。「お帰りなさい」と。
 陽はまだある。部屋に戻ってもすることがない。しかし、空気が違う。胸騒ぎのようなものがしたのだが、引き返せと言うことだろうか。そして引き返した。悪い胸騒ぎではなかった。その証拠に、部屋に戻っても無事でいる。何も起こっていない。
 奥田はもう一度外に出ることにした。街を見て歩き、居酒屋で夕食をとる予定がある。喫茶店が見つからないので、予定が狂っただけ。
 それで、前と同じように広い道側ではなく、狭い側の道から商店街に出ることにした。
 狭い路地、すぐにアーケードに出て、上を見ると、何か部品のような、布のようなものが垂れ下がっているのも前回と同じ。そして本通りのアーケードに出て左右を見ると、喫茶店があるではないか。駅側の入り口近くに一店。奥側にもそれらしい行灯が置かれている。アーケードの天井近くに窓がある。二階席もあるのだろう。
 これで普通なのだ。よくあるこういう地方の街にある風景ではないか。喫茶店の一軒か二軒、ないほうが逆におかしい。
 それで、奥側にある店に入り、コーヒーを注文する。個人の店らしいがしっかりとおしぼりとお冷やが出た。
 コーヒーの味や香りよりも、街見学のスタートは喫茶店からなので、ここでやっと一息つけた。
 しかし、さっきまでなかったのだ。そしてあのホテルも、五階建てではなかった。
 細い路地のアーケード、あそこをくぐるとき、くぐり違えたのかもしれない。
 
   了
 


2020年4月11日

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