小説 川崎サイト

 

浦田の善蔵


「浦田の善蔵さんの姿が最近見えないが」
「仕事に出ているのでしょ」
「仕事ねえ」
「そうでないと食べていけませんから」
「そうだね、毎日ぶらぶらしている。何処かで仕事をしないとね。しかし何処へ行ってるんだろ」
「すぐに戻ってきますよ。何か用事でも」
「頼みたいことがあるんだが、留守じゃ仕方がない」
「私じゃ駄目ですか」
「あなたじゃ無理だ。難儀すると思う。それにあなたには面倒をかけたくない」
「しかし、善蔵さん、何処へ行ってるんでしょうなあ」
「頼まれ仕事でもあるのでしょ。この前、見かけない人が訪ねて来ていましたので」
「やはり、そういうことで食っているんだな」
「そうだと思いますよ」
 浦田の善蔵とは、この村内にある地名で元々は隠し田。裏田でもいいのだが、それでは露骨すぎるので浦田となった。今は隠していない。
 裏田時代、他所から来た人も多い。その流民の中に善蔵の縁者も混じっていた。生まれ在所を何らかの事情で捨てた人ではないようで、最初からの漂泊人。それら縁者の中で善蔵も育ち、今はあとを継いでいる。といっても表向きは百姓で、この村の人間。
 ただ昔からの縁があるのか、たまに村を留守にし、何処かへ行ってしまう。善蔵には弟がおり、田畑を任せているが狭い。それで当主の善蔵は滅多に畑仕事はしない。田植え前後や刈り入れ時に顔を出す程度で普段は遊んでいる。
 善蔵には姓はない。それで浦田の善蔵と名乗っているが、わざわざ名乗らなくても、村内の地名を名の上に付ければ、それで済む。この村は細かく地名で分割されているがそんな境界線があるわけではない。領主が年貢のため、勝手に付けた地名も多い。それが領主の家来の名だったりする。
「戻るまで待つしかないなあ」
「急ぎの用ですか」
「できればな」
「何でしょう」
「一寸した野暮用だ」
「はい」
「戻って来たら知らせてくれれば助かる」
「分かりました」
 浦田の善蔵の本業。きっとそのあたりの仕事なのだろう。
 
   了

 


2020年4月13日

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