小説 川崎サイト

 

深夜の寺の明かり


 下田が引っ越したところは郊外の外れ、そこから先はただの田舎町になるのだが、距離があり、続いていない。丘陵地帯が山からはみ出してきて、それで遮られてしまう。郊外の駅から、その田舎町までの距離が結構ある。途中の駅がない。要するに通勤圏ギリギリの郊外の端。それだけに家賃が安い。ここなら一戸建ての借家に住める。そして緑が多く、環境もいい。駅前はちっぽけながらも店屋が並んでいるし、コンビニもある。ファストフード店はないが、小さな喫茶店はある。入ったことがないのは、寝に帰るだけの家のため。
 それなら、もっと仕事先に近いところにワンルームでも借りればいいのだが、ゆったりと過ごしたい。使っていない部屋がある方が豊か。
 引っ越すとき、よく調べなかったのだが、お寺が近くにある。それぐらいあるだろう。しかし、間取りと家賃だけを見てすぐに決めたので、周囲はあまり見ていない。不動産屋の車で案内されたとき、その周囲もちらっと見たのだが、特に問題はない。ただ、空き家が多い。古い家ではなく、それなりに新しいが、安っぽい家。いずれも土地が安いので、ここに家を建てた人だろうか。
 問題は、そのお寺。二階の裏側の窓から境内が見えるが、小さい。個人の家に近いのだが、荒れている。境内は草がぼうぼうで、手入れされていない。門はあるが半分開いたまま。荒れ寺、廃寺かもしれない。
 墓場もあるが、古そうな墓石だけ。もう余地がないのだろう。下田は一度それを見学したことがある。歴代住職の墓のようで、時代により墓石が違うようだ。新しいのは柱。古いほど塔のように積んである。
 本堂も小さく、村の社殿よりも小さいが、住居がくっついている。こちらの方が大きかったりする。平屋で長細い。
 流石に見学したときは人の家に入り込むようなものなので、前までは行かなかった。ここは生活している気配がある。洗濯物などが垂れ下がっているが、年寄りのものだ。
 休みの日など、散歩に出たとき、この寺にもよく寄っている。近いというより、お隣だ。二階の窓からもよく見えるので、見学する必要はないのだが、その先の丘陵地帯に出るときの通り道。だから結構寺の前を通っていることになるのだが、人の姿を見たことがない。
 引っ越してからしばらくして、寝付けない日があった。何か神経が立つのだ。
 下田は一階の居間で寝ている。便所は一階にしかないので、二階では不便。
 二階は二部屋あり、もう一部屋小さいのがあるが、物置に近い。
 寝付けないので、何とかしようとしたが、じっとしているのが賢い。余計なことをすると余計目が冴えてしまう。
 しかし、何か物音のようなものがする。これで、やることができたので、その正体を探すことにした。
 言葉としても聞こえるが、何を言っているのか分からない。しかし一定のリズムがある。
 一階を全部調べたが音はそこからではないようなので、二階へ上がる。階段の中程に電灯があり、上がり口で付ける。妙なところに電灯を付けたものだ。電球の交換が面倒そうな場所。LED灯に早く変えた方がいい。
 二階の二間と小部屋を見るが、異常はない。ただ夜中なので蛍光灯は付けなかった。それでも明るいのは月明かりが差し込んでいるのだろうか。雨戸は開いており、ガラス戸だけ。カーテンは半開き。
 部屋に異常はないので、外を見た。普通の家族が住んでいた一戸建ての家なので、庭がある。ガレージもある。下田は車は持っていないので、庭としても使える。
 北側の窓、これはお寺側だが、そこから下を見ると、明るい。本堂も明るいし、住居側も明るい。夜中だ。
 何か得体の知れない因習。儀式でもやっているのか。物音は聞こえるが、人の声は小さく、聞き取れない。
 怪しい寺だと思っていたが、そういうことなのかと下田は再確認した。
 その夜は、なかなか寝付けないままだったが、気が付けば寝ていたようで、朝になっていた。
 あとで近所の人に聞くと、お通夜だったらしい。
 
   了
 


2020年4月22日

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