小説 川崎サイト

 

妖怪博士の月参り


 その日は月参りのお寺さんのように平田邸を訪問する日だったので、妖怪博士は出掛けることにした。少し遠いが電車とバスで行ける。お得意さんなので、これは大事にしないといけない。単発の妖怪退治ではなく帯の仕事。
 平田氏は立派な屋敷に住む老紳士。家の立派さと経済力は関係ないかもしれないが、妖怪博士は長屋のようなところに住んでおり、これは経済力と関係する。本来は妖怪の研究家なのだが、そんなことで食べていけるわけがない。
 閑静な住宅地、今風な建売住宅の分譲地ではなく、昔からある屋敷町。道路が広いわりには車が少ない。妖怪博士はそこでバスを降り、歩道を歩いている。原型が何かよく分からないようなヘアースタイルの犬がいる。犬の美容院でやってもらったのだろうが、人と違い全身に毛があるので、割高だろう。色々なところが膨らんでいる。毛を全部抜けば、カシワにしたニワトリのように貧弱かもしれない。
 歩道には枝道があり、横からの道と交差する。その距離分の塀が長く伸びていたりする家もある。ここまで広いと個人の家ではなく、会社の寮かもしれない。高い塀からは母屋は見えないが、平屋のようだ。
 そこを通過し、二つ目の道を左に入ると平田氏の家が見てくる。家ではなく繁みが。庭に大きな木がある。神社でもあるのかと思うほど生い茂っている。こんなことをするからややこしいものが出るのだ。
 そして、出て久しい。出る度に妖怪博士は行くのだが、あまりにも頻繁なため、月契約にした。月に一度だけ行くことに。ただ、何も出なかった月もある。本当に出るのは数ヶ月に一度ほど。これは妖怪博士にとっては有利だが、行ってもやることがない月もあり、逆に退屈する。
「今月は無事でしたかな」
「はい、お陰様で」
「長いですなあ」
「お世話になります」
「いえいえ、この妖怪は退治できないタイプのようです。妖怪ハンターとしては面目ない限りです」
「いえいえ、あなたは妖怪研究家、退治するのが本業ではないのでしょ」
「まあ、そうですが」
「それをわざわざ私がお願いしているわけですので、私の方こそ無理な注文を」
「いえいえ、これもまた、研究の一環です」
「そうですか。しかし正体は何でしょうねえ」
 風もないのに庭木が揺れ、カーテンに写る梢の影が妙な形になったりするらしい。
 平田邸は何度も建て替えているが、元々は武家屋敷があった場所。庭木の大木はその頃の名残。その先に小高い岡があり、城跡がある。
 昔からある屋敷町なのだ。当然明治までは平田氏は藩士、そして位も低くはない。
 そのあたりに原因があるのではないかと何度も聞いたが、平田氏は否定。そんな話は聞いたことがないらしい。
 幽霊が出るわけではない。人から怨まれるようなこともない。またいくら怨まれていても未だに幽霊として出るのは希だろう。それなら妖怪博士のジャンルではない。
「ところで妖怪博士、最近どうですか」
「はい、ぼちぼちです」
「妖怪研究なんて羨ましい。それで、今も妖怪は方々で出ておりますか」
「多いですが、子供向けばかりで大人向けは減っているかと」
「老人向けが増えてもおかしくないように思われますが」
「さあ、需要の問題でしょ」
「そうですか」
「この一ヶ月、異変はなかったようですが」
「はい、お陰様で」
「油断はできません」
「それで、毎月お願いしているのです」
「そうでしたね。じゃ、やっておきますか」
「お願いします」
 妖怪博士は得意の御札、これは高い目の御札で、一種の版画だ。くさび形文字と、簡単な絵も入っている。
 妖怪博士は玄関ドアの内側の柱や、二箇所ある裏口、それと塀の木戸にもそれを貼り付けた。雨がかかるので、ビニールに包んで。
 それらの御札に効能期限はない。無期限。しかし平田氏は毎月貼り替えて欲しいと頼むので、この版木を持っている人に多い目に刷ってもらっている。そのため一札あたりの単価も安くなる。
 他にも御札はあるのだが、色々と見せたところ、平田氏はこの木版刷りの御札が気に入ったようだ。
 平田氏が気に入るということは、妖怪にとっては気に入らないはずなので、効くのもしれない。
 その御札が(オフダ)がお札(オサツ)に変わる。
 御札を渡して、お札を貰うようなもの。これをお礼(おれい)ともいう。
 妖怪博士がやっていることは、まさに月命日の月参りのお寺さんに近い。お布施をもらって帰る。
 国際情報、経済情報、政界の話などを二時間ほど平田氏と話す。
 このときの平田氏の声がいい。よく知っておられる人で、しかも語りは滑らか。雄弁だ。
 逆に妖怪博士は平田氏の読経を聞きに来ているようなものかもしれない。
 
   了
 
 


2020年4月30日

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