悪罵
「評判はどうじゃな」
「お館様ですね」
「そうじゃ」
「悪いです」
「どの程度」
「かなり」
「それは困ったのう」
「領主としてふさわしくないとか」
「そうか」
「たわけ者、馬鹿だとも」
「ほう」
「悪口で溢れております」
「賑やかだね」
「ぼろくそです」
「言っているのは誰じゃ」
「下の方です」
「直接か」
「とんでもない。陰口です」
「殿の前では」
「下っ端ですから、お目にかかる機会もないでしょう」
「他は」
「他とは」
「その他の噂じゃ」
「全て悪口です」
「そうか」
「どういたします」
「評判がいいようだね」
「だから、悪いのです」
「声を出しているのは一部じゃろ。それに惑わされてはいかん」
「でもここまで評判が悪いと」
「そちはどう思う」
「言える立場ではありません」
「そうだろうねえ」
「どうします」
「殿も大した人物だねえ」
「だから、大したことはないので、評判も悪いのです」
「そうか」
「御家老の出番です」
「同じだ」
「え」
「それに私はそんな悪評に耐えられるだけの器量はない。殿のようになあ」
「耐えているとは思われませんが」
「そちもそう思うか」
「真意は分かりません。かなり取り乱しているようにも見えますが、しぶといです。無神経なほど」
「いいねえ」
「悪いですよ。だから馬鹿殿だと呼ばれています」
「誰かが馬鹿にならないといけないんだ。ご苦労なことだ」
「同情ですか」
「まあな」
「それで、どうします」
「領主替えを進めるのか」
「はい、今ならご隠居してもらえるいい機会です。賛同者も多い」
「いや、静観する」
「どうしてですか」
「評判が悪すぎるのじゃ」
「そうでしょ」
「気になる」
「あたりまえですよ」
「いや、興味深い。いいところは一つもないわけでもないだろ」
「それは買いかぶりでは」
「そちもそう思っているのかね」
「いえ、言える立場じゃありませんから」
「名馬ではなく、罵られし、悪罵を買う」
「御家老、悪い趣味です」
「悪罵に耐えられる名馬、いや、悪罵、駄馬にならなければ耐えられん」
「では、造反には参加しないと」
「馬鹿呼ばわりする口汚い連中は信用せん。だからその仲間にはなりたくない」
「変わっておられますねえ」
「うむ」
了
2020年5月5日