小説 川崎サイト

 

迷路


「道がですねえ」
「どうかしましたか」
「迷路です」
「そんな場所があるのですか。迷いやすいとか」
「いや、普段から私は細い道しか通らないのですがね。ある日急いでいて、大きな道を通った」
「最初から大きな道を通ればいいんじゃありませんか」
「それじゃ趣がない。それに飽きる。裏通りの方が楽しめる。車も少ないので、車道を行ける。大きな道なら歩道を走ることになる。しかし実際にはそこを自転車で走っちゃいけない。歩道なのでね。そういうのが面倒なので、狭い道を行く。無人のときもある。車も人も自転車もバイクも通っていない。こういうのは裏道ならではのものでね」
「だからそういうところを走るので、迷うのですよ」
「まあ、そうなんだがね。抜けられる道とそうでない道がある。たまにそういう道を試してみる。昔からある道なら行き止まりは滅多にない。細いながらも続いている。ところがそこが以前田んぼだったところは、抜けが悪い。袋小路だ。そのため、戻らないといけない。同じところをぐるぐる回るようなもので、トラップだ。ここに入り込むとまずい」
「だから道は迷路だと」
「いや、知っているつもりの道でも、逆側、反対側だが、そちらから入ったときは迷う。いつもは前方しか見ていない。実は後方は見ていない。そのため、知っているのだが、知らないような風景になる。建物は同じだよ。配置も。しかし見え方が違う。これで勘違いし、いつも曲がるところで曲がらないで、先へ行きすぎたり、その手前で曲がってしまう。するとますます見覚えのない場所に来る」
「何か余計なことをしているような感じですねえ。大きな道なら分かりやすいでしょ」
「それで、先日急ぎの用があったので、迷路抜けの遊びはやめて、真っ直ぐ走った」
「はい」
「するとね、大きな道なので色々な道と交差するのだが、どの道も私は知っている。裏道から大きな道へ顔を出す場所だからね。枝道の断面を見る感じでね。いつもは繋がりが分からなかったんだが、それが見える」
「急ぎの用でしょ」
「急いでいても、それぐらい見ても問題はない。見えてしまうしね」
「はい」
「それで私はずっと迷路のようなところばかり自転車で走っていたことに気付くと同時に」
「同時に」
「私の生き方も、これだったんだと思ったね」
「はあ」
「裏道、抜け道、それら細い道を繋いだ人生なんだ」
「そんな大層な」
「だから迷路のような場所ばかり選んでいたのだ。好きなんだろうねえ。ストレートに行くよりも」
「それで、急ぎの用は果たされたのですか」
「だから、枝道が気になってねえ。覚えのある道だが確信はない。だから、確認しに、そこで曲がった」
「ああ」
「それで、入り込んだはいいが、出られなくなり、九十度ほど方角を間違えた。ズレたんだろうねえ。さっき走っていた大通りを見付けるまで、随分と時間がかかった。九十度ずれると無理だねえ。そのうち、かなり離れたとこを走っていることに気付いてね、普段でも滅多に来ないとこを走っていた」
「で、用事は」
「ああ、遅れすぎたので、電話し、次の日にしてもらうことにした」
「大変ですねえ」
「自ら招いたことだ。よくある。よくある」
「はい、お大事に」
「うむ」
 
   了


2020年5月7日

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