小説 川崎サイト



元気を出さない話

川崎ゆきお



「プラス志向の話を聞いていると、ますます疲れてきますなあ」
「お宅もですか」
「まあ、会議所としても、景気の悪い話をやる講師は呼ばないでしょうがね」
「儀式ですよ。儀式」
「うちの商店はねえ、該当しないですよ。あの先生の話とは」
「私ところもですよ」
「前川商店さんは息子がいるじゃないですか。まだ可能性はありますよ。うちは後継者がいない」
「景気がいいなら、とっくに私は隠居様ですよ。息子も会社勤めの必要もない」
「こういうの、分かっていて、あの先生、話しているのかねえ」
「明るいお経ですよ、あれは」
「でしょうねえ」
「気持ちではどうにもなりませんなあ」
「プラス志向ですか」
「カラ元気はカラ足と同じで痛いですよ」
「もっと低レベルな話が聞きたかったなあ」
「そうですなあ」
「店の閉め方とかね」
「そりゃいい」
「休みを多くしていき、徐々に畳むとかね」
「すぐにも畳みたいですよ」
「店の終わらせ方の話を聞きたかったなあ。そっちのほうが実用性高いですよ」
「結局、今日儲けたのはあの講師でしょ」
「いい仕事して、帰りましたなあ」
「私も、よその商店街で講師をやりたいですよ」
「そうですなあ。景気のいい話すればいいんだからね」
「話だけなら誰でもできますよ」
「まあ、会議所も何かやった履歴が欲しいんでしょ」
「店を閉める心構えとかが聞きたかったなあ」
「ははは、まだ言ってる」
「お宅は頑張るつもりですか?」
「頑張りようがないですからね。下手に動くとさらに損をしますよ」
「お宅の息子さん、ネットショップやるとかの噂がありますよ」
「それで失敗したんですよ。だからもう、悪あがきはやめにしたのですよ」
「うちにもセールス来ましたよ」
「乗っちゃ駄目ですよ」
「大丈夫。パソコンもないし」
「携帯はあるんでしょ」
「え、携帯でもできるんですか」
「ほら、乗った。それが駄目なんですよ」
「駄目だなあ。まだ可能性を考えるようじゃ」
「そうですよ。だから廃業への道を指導する講師を呼ぶべきなんですよ」
「おっしゃる通りです」
 
   了
 
 


          2007年8月9日
 

 

 

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