小説 川崎サイト

 

立夏


「暑いですなあ」
「立夏が近いですからね」
「夏が立つのですな」
「立秋はほっとしますが、立夏はこれから暑くなるぞというので、あまり有り難くありませんがね」
「何でもいいから立つのはいい」
「寝ていた夏が立つのでしょうなあ」
「春になったと思えば、もう立夏、早いですなあ」
「そうですねえ、この前、立春だったけど、寒くて春なんて気配はなかったですが、この立夏はそのままだ。本当に暑くなっている。立秋の頃はまだまだ夏ですよ。涼しくならない立秋。立冬はまずまずですなあ、額面通り。寒いと思えば立冬か、という感じです」
「正直なのは立夏と立冬ですか」
「暦通りです。気温もお揃い」
「じゃ、夏と冬の区切りは分かりやすい」
「春と秋は中間ですからなあ、年により違いますが、ずれ込むことがあります」
「よくご存じで」
「いやいや毎年そんな印象ですので」
「ところで、この暑いのに、お出掛けですか」
「日課ですからね。昼の散歩です」
「また、喫茶店ですか」
「ええ、そこまでの道が散歩コースとなっていますが、今朝はズレました」
「時間が」
「そうです。珍しく早起きしたので、昼食も早めに済ませて、早い目の昼の散歩です。ところが、この時間、喫茶店はランチタイムなんですよ。店の前に何台も自転車が止まっているし、それに中が少し見えるのですが、満席のようなので、スルーしました」
「毎日行かれているのでしょ」
「いつもはランチタイムが過ぎたあたりです。だからすいている。今日は家を早く立ちすぎた」
「それは残念ですね」
「それで、隣町の喫茶店まで行くところです。だから少し長い目の散歩になります」
「暑いのに、ご苦労なことですなあ」
「暑さに早い目に慣れるのも悪くありませんし、いい運動になります。しかし、もうバテ気味ですからねえ。できうる限り日陰を選びますがね。ところで、あなたは」
「私ですか、一寸用事で」
「大事な」
「まあ」
「あなたも暑いのに」
「いえいえ、まだ序の口ですよ。逆にこの暑さが珍しい。新鮮です」
「それはお元気で何より」
「じゃ、これで」
「あ、向こうから武田さんが来ましたよ。病んでおられたのに、元気になれれたのかな。お顔を見るの、久しぶりです」
「ああ、武田さん」
「じゃ、私はこれで」
「はい」
「山下さんじゃありませんか」
「武田さんですね。お久しぶりです」
「この暑いのに、何処へ」
「昼の喫茶店がランチタイムで満席で、隣町の店まで行く最中です」
「あ、そう。お元気そうで」
「武田さんもお元気なようですねえ。病んでいたのでは」
「いや、急に立ち上がれるようになりましてね」
「それはよかった」
「じゃ、これで」
「はいはい」
 というような一人芝居をしながら、隣町へと山下は向かった。そのあと、四人目のキャラを立てるのだが、何人も立つと、流石に飽きるようだ。
 
   了
 

 


2020年5月9日

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