小説 川崎サイト

 

下手な話


「酒田の町は狭いようで広い。本当は広い。広すぎる。それで、上酒田、西酒田、などなどと分けられた。また酒田口まである。これは酒田とは関係がない。その入口に近いところにある町名」
「そういう話は長くなるようなので、手短に」
「はい」
「それで、酒田がどうかしたのですか」
「行きました」
「それで終わりですね」
「いえいえ、何をしに行ったのか、どんなことがあったのか、まだ何も語っていませんが」
「酒田へ行かれたということだけで、もう十分です」
「不十分です」
「では、少しだけ」
「はい。酒田へ行ったのは、たまには違う町に行きたかったからです」
「はい、終わりました」
「いやいや、なぜ違う町に行くのかとか、そのへんの語りがありません」
「それ、語りますか」
「ぜひ」
「では、手短に」
「変化が欲しかったからです」
「はい、終わりました」
「いやいや、なぜ変化が欲しかったのか、そのあたりがまだ説明不足です」
「聞いてもいいですが、酒田の説明だけでもくどい。西酒田とか、南酒田とか」
「南酒田は、実は酒田とは関係がないのです」
「そのあたりの事情は関係ないでしょ。あなた、酒田の町のガイドをするのが目的ですか」
「違います。補足です」
「じゃ、これで、終わります」
「いえいえ、先ほど、変化が欲しいということの理由を語ろうとしていたところです。既に頭の中で繰っています。すぐ出ます」
「手短に」
「はい。退屈というわけではありませが、少しだけ刺激が欲しい」
「はい、終わりました」
「まだ、残っています。退屈と刺激の関係や、その程度などが残っています」
「手短に」
「刺激は退屈を消してくれますが、大きすぎる刺激は曲者でして、余計なことをして、余計な刺激を受けて、逆に退屈していた頃ののんびりしていたときの方がよかったように思えることもあるのです」
「今、かなり長い喋りでしたよ。もういいでしょ。それぐらいで」
「はい、それで酒田へ行ったのですが」
「聞きました。それだけのことでしょ」
「そうなんですが」
「じゃ、終わりですね」
「何か余韻を残さないといけません。それをこれから一つのエピソードでお聞かせします」
「いやいや、必要ありません。酒田へ行かれた。それだけで十分です」
「そうですか」
「はい」
「あなた、聞き下手だ」
「あなた、話し下手だ」
 
   了

 


2020年5月21日

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