小説 川崎サイト

 

妖怪博士と妄想家


 妄想家というのはものの言い方で、空想家でもいい。だが、空想家より妄想家の方が重症だろう。
 これはそれで一家を成しているわけではないが、性格などと関係する屋号のようなものだろう。あの人は何々だ。と決め付けるとき、使われたりする。
 妖怪博士は妄想家で知られる人を訪問した。妖怪とは関係しないが、何らかの参考になると考えたからだ。これは本職の妖怪研究に関係するはず。
 だが、自発的ではなく、担当編集者からの依頼。これは断る理由はない。妖怪がいるというのも一つの妄想。そして妄想家なら、さらにきついことを思っているかもしれない。
 要するに軽くインタビューのようなものをすればいいが、編集者は来ない。そのため、レコーダーが送られてきた。使い方を試すため、録音をしたが、自分の声がこんなふうに聞こえるのかと思うと、妖怪博士は驚いた。いつも聞いている妖怪博士の声ではない。自分で出している声を自分で聞くのだから、また違うのだろう。
 さて、妄想家、それにふさわしい町に住んでいるわけではなく、平凡な住宅地。郊外の何処にでもあるような町。
 訪問されるのが嫌なのか、駅前の喫茶店で会うことになった。
 妖怪博士は先に来たのだが、それらしい客はいない。広い店だが、客は少ない。
 しばらくすると、普通の人が入って来た。ちらっと見たが妄想家らしさがない。それで、違うと思い、目を戻すと、すぐにその人は妖怪博士に近付いて来た。一目で分かる風貌のためだろうか。
「妖怪博士ですね」
「そうです」
 妄想家は普通の人だ。中年の真っ最中という感じで、若者でもなければ年寄りでもない。
「妄想家の高槻さんですね」
「そうです。高槻です」
「似たような人で、茨木さんもおられますなあ」
「茨木さんは隣町です。近いです。懇意にさせていただいております」
 編集者が茨木氏ではなく、高槻氏にしたのは、茨木氏はマスコミ嫌いのため。
 編集者がそこを何とかといってまで粘らないのは、どうでもいいためだろう。妄想家などいくらでもいる。単に妄想癖が強いだけの人なので。
 高槻氏は簡単に応じてくれた。
「リアルを見ると、それで終わってしまいます。それ以上のものはもうない。これがリアルの限界です。ところが、リアルとまだ接していないときは、想像の世界。こちらの方はいくらでも伸び代がありまして、際限がない。ところがリアルに辿り着くと、限界が見える。見えない方がいいというのが妄想の良さなのです」
 早速始まった。
 妖怪博士は、聞き入るばかりで、語っていることは決して妄想ではない。普通なのだ。
「従って妖怪もリアルな妖怪、つまり本物を見てしまうと、それまでなのです。これだけのものだったのかと思うでしょう。特に妖怪はでっち上げたものが多く、それこそが妄想の産物。空想の産物。だから本物など当然あり得ない」
 この人の方が妖怪博士ではないかと、妖怪博士は感心しながら聞いている。
「僕は妄想家と言われていますが、実は幻想文学の研究者なのです。だから文学者です。そして自分では創作しません」
「普段は何をされているのですか」
「普通の会社員です」
「普通の暮らしをしている方が妄想が湧きやすいのかもしれませんなあ。妄想はどんなときにでもできます。時間がなくて妄想する時間がないということもなさそうだし、どんなに忙しい最中でも妄想はできます。また体力を使い果たし、息せき切っているときでも妄想は可能でしょうなあ」
「仰る通りです博士。幻想や妄想ばかりの中で暮らしていると、逆にあまり効果はありません」
「妄想家は幻覚を見ることもあるのですかな」
「僕の場合ありません。純粋な想像です」
 正統派だ。
「妖怪について、どう思われますかな」
「先にも話しましたように、いないことが分かっています。リアルがない。だから、妄想の宝庫でしょう。しかし、いる可能性がないと、裏付けのようなものがないので、少し弱いです。いるかもしれない、現実に存在しているかもしれないというレベル。これが妖怪の場合、欠けています。やはり辿り着けないが実在しているものの方が妄想の拡がりが違います」
「どういうことですかな」
「妖怪の多くは冗談ですから」
「ああ、なるほど」
「たとえば幽霊は実在するかもしれません。その違いです」
「はい」
「僕の説自体が、実は妄想なのです
「はいはい」
「世の中はそういった妄想で成り立っているようなものかもしれません。だから妄想を研究することは、そのあたりのカラクリを知ることにもなります」
「一種の幻想論ですかな」
「妄想はもう少しきついです。そこまで考えるか、思うか、想像できるかというほどとんでもないところまで行きます」
「まさに妄想ですな」
「そうです。もう根拠がない」
「はい」
「それで、根拠そのものを妄想で作る」
「ほう」
「しかし、それが普通の世の中の仕組みだとは思いませんか」
「もうそうですか」
「これはいいすぎなので、それこそが妄想なのです」
「妄想だらけですなあ」
「おかしいでしょ」
「楽しんでおる場合ではないが、その通りかもしれません」
 妖怪博士は興味深く、その他、色々な妄想論を聞くことができた。
 妄想だけで、リアルの希薄な世界。まるで異界で遊ぶ思いだった。
 そして、駅まで妄想家に送ってもらい、妖怪博士は余韻を楽しみながら、車内でうたた寝した。
 しかし電源ボタンは入れたが、録画ボタンを押すのを忘れていた。まだ妖怪博士はそれに気付いていない。
 このリアルが、怖い。
 
   了

 


2020年5月24日

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