小説 川崎サイト

 

石の卵


 身体が怠い。気力がない。精力がない。こういうときは養命酒の出番だが、酒田はそういうものは飲まない。よくあることで、身体が悪いのではない。低気圧なのだ。
 どちらにしても元気に欠ける。そのため、こういうときは楽しいことをすると損。それほど楽しめないため。それは元気なときにとって置く方がいい。そのほうがより楽しめる。
 晴れていたのだが、雲が多く、やがて白い雲が濁りだし、灰色になり、空全体を覆うようになってくる。こういうときは何ともならないので、静かにしているしかないのだが、気怠いので、自然と静まる。発想も貧弱になるが、意外と冷静な面がある。テンションが低いためか、安定したローの視線になるためだろう。
 頭の中に雲が湧いたようになり、考える範囲が狭くなる。これはこれでは安定している。布団の中にいるようなもので、もう現世のことなどいいから、常世の国を彷徨うような夢の中に入り込みたい。ただ、昼間から寝るわけにはいかないので、酒田は起きている。
 そんな眠たい感じのときに限って元気な声が聞こえてくる。友人の浦田だ。こんな日に来なくてもいいのに、よりによってそういう日に限って来る。まさか酒田の調子の悪い時を選んで来ているわけでもなさそうだが、この浦田は常に元気なのではない。会っているときは常に元気なのだが、元気なときにしか来ない。だから元気のない浦田を見たことがない。誰とも会わないで、じっとしているためだろう。
「やあ、元気かい」
 その高い声を聞いただけで、疲れがどっと出そうだ。先ず神経からくる。酒田の顔が歪む。顔の筋肉が疲れる。
「いや、低気圧でね」
「血圧じゃなく、低気圧」
「君は何ともないのかい」
「低気圧って、雨でしょ。まだ降ってないけど」
「降る前の方がきつい」
「ふーん」
「低気圧の影響を君は受けないのかい」
「知らない」
「じゃ、受けないんだ」
「そうだね」
 浦田は用事で来ることは希で、雑談して帰るだけ。迷惑だとも言えない。友達の少ない酒田にとり、浦田は貴重な存在。
 浦田も気軽に会えるのは酒田だけらしい。
「君は元気のないときはどうしてるの」
 浦田は、じっとしていると答える。酒田と同じだ。働いていないので、じっとしていてもかまわないのだろう。いくらでもじっとしてられる。
「しんどそうな君を見たことはないけど」
 浦田は、しんどいときは人と会わないらしい。そこが酒田と違う。酒田は一応会う。だから浦田が来たら来たでそれなりに付き合う。ということは、酒田の方が軽症なのだ。
「しかし低調なときもいいものだ」
「今がそうかい」
「そうだね」
「元気になるような話を持ってきたんだが」
「またかい」
「ああ」
 これは訪問したときの手土産のようなもの。
 浦田はポケットから卵石を取り出した。
「凄いだろ。君にやるよ」
 ニワトリの卵とそっくりの大きさ。しかし重い。つるつるに磨いた石だ。
「これは懐石料理と同じで、懐石でもある。懐に入れていると、元気になる。僕は元気なので、いらないので、君にあげる」
「ああ」
「元気の出る魔法石だよ」
「ほう」
「温めると、石の卵から石鳥がふ化するらしいけど、石の鳥かどうかは分からないらしい。ただ温める人によって違うとか」
「ほう」
「僕も温めたけど、何も起こらない。中の鳥との相性が悪いんだろうなあ。だから、君にあげる」
「ありがとう」
 そのあと、浦田は石の卵に関する色々な伝説を聞かせてくれた。有名なのは孫悟空だろう。石ではなく、岩だが。
 しかし、その石の卵。酒田は実家で見たことがある。もうニワトリなど飼っていなかったが、ダミーの卵を納屋で発見したことがある。これをニワトリのそばに置くと、卵をよく産むらしい。
 
   了

 


2020年5月25日

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