小説 川崎サイト

 

限界越え


「本当は限界がないのですがね。私にとってはこれで限界です」
「あ、そう」
「しかし、その限界越えを今回挑もうと思っています」
「ほう」
「それでも本当の限界はないので、レベルとか程度の問題でして、まあ、私にとっては最長不倒距離、自己新記録、その程度の問題です」
「じゃ、大したことはないと」
「その私が世界一だとすれば、私の自己新記録は世界新記録になりますが、残念ながらそのレベルではありません」
「クラスで一番とか」
「それでも学年で一位じゃないと。さらに市内で一位でないと。それでも県内で一位じゃなかった場合、全国一も、世界一も有り得ません」
「じゃ、あなたのレベルは、それほど高くないと」
「そうです。しかし、私にとっては、この限界越えだけでもう十分凄いことになるのです」
「どの程度の限界ですか」
「一つだけ、上の段階です。上にはもっともっとあるのですがね」
「じゃ、大したことはないと」
「そうなんですが、私達のレベルでは、この限界越えはもの凄いことなんです」
「そうなんですか」
「この限界越えをした次はジャンルが違うようになりますから。扱われ方が違ってきます」
「いい扱いになるのですか」
「いえ、ごくありふれたタイプになってしまうのです」
「どういう構造なのか、見当が付きませんが」
「つまり、よくあるジャンルになるのです。だから、限界越えをしたその次の段階では平凡なものになってしまいます」
「指しているところが分かるようで、分かりにくいのですがねえ」
「これは価値観の問題でして、値打ちがあるかどうかなのです。今の私は平凡ですが、限界越えをすれば、非凡になります。しかし、さらに次の段階になると、また平凡に戻ります」
「不思議な構造ですねえ」
「そうなんです。ギリギリのところです。そのギリギリを超えると、平凡になります。値打ちがあるのはギリギリだということ。ここなんです」
「何処だか分かりませんが、レベルでは価値は計れないと」
「そうです。ある一線を越えますと、別扱いになり、まあ、カテゴリーが変わるようなものです」
「際どいところに立っているのですね」
「いえいえ、そこまで際どいところまで、なかなか行けません。今回、私の限界越えは、その手前でして、まさに一線を越えそうになる手前の手前程度です」
「何か微妙な話ですねえ」
「先ほども言いましたように、ある一線を越えますとジャンルが代わり、扱われ方も変わります。そして、その一線超えはありふれたものになります。そして限界はもう突破していますので、それ以上の限界はありません。だから逆につまらないのです」
「そういう構造体とかシステムがあるのですね」
「そうです。価値があるのは、一線越えの手前なのですよ」
「何でしょうねえ」
「そして、実は一線越えは誰にでもできるようなことです。だからありふれてしまいます」
「一線越えの手前か」
「そうです。そのギリギリの際。つまり際どさに価値があるのです」
「よく分からない状況ですが、何かに当てはめてみましょう」
「あなたと越えたい天城越え」
「え」
「でも越える手前がいいのです」
「それがヒントですね」
「そうです」
 
   了

 


2020年5月26日

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