傷つきやすいミュージシャンがいた。繊細な顔立ちがそれを雄弁に語っていた。説明する必要がないほどだが、彼自身もそれを認めた。
「それは狡いんじゃないのかな」
産まれた時から太っているミュージシャンが語る。
「誰だって傷つくさ」
「だから、彼は特別傷つきやすいんだよ」
仲間のミュージシャンが言う。
「何で、そんなこと言えるんだ」
「それが彼奴の売りだからさ」
「傷つかない人間なんていない。奴だけが特別なのはおかしい」
「だから、売りだって」
「自分で言うのかね。自分は傷つきやすいタイプだなんて。そんなこと堂々と言えるかね」
「堂々と言ってないけどさ、まあ、暗に言ってるよね。でもそれは営業なんだよ。だから彼奴の歌で癒されるファンが多いんだ。当然だけど、お前とは動員数の桁が違う」
「お宅もそうだよ」
「まあな」
「結局はビジュアルか」
太ったミュージシャンの仲間の男は厳つく濃い顔立ちで、足もまっすぎのびていないし、さらに短い。
「お前は傷つかないような雰囲気があるんだ。繊細さがない。言われる前に言うけど俺もそうだ」
「彼奴は本当はタフなんだよ。俺達のほうがよほど弱い。これはなあ、イメージの世界なんだよ。本当のことじゃなく、そう見えると、そう見られる」
「音楽って、そんな浅いものか」
「彼奴がやっているのは音楽じゃないんだ」
「聞くものが聞けば分かるだろう」
「聞いてなんていないさ」
「しかし、腹が立つ」
「だから、ビジュアルで勝負がついたんだ」
「俺も繊細で傷つきやすいんだぜ。そんなの誰だって同じじゃないか」
「お前が言っても駄目だ。その体型ではな」
「嘘だ。太っている人間のほうが神経が細くて、すぐに落ちこむんだぜ。そういうの割りと知られているじゃないか」
「だからさ、それ、絵にならないんだよな」
「俺は繊細さを売り物にするのは嫌だ。格好悪いじゃないか」
「じゃあ、お前はタフを売り物にすればいいんだよ」
「タフネスには憧れるなあ」
「そうだろ、だから彼奴も繊細で、傷つきやすい人間に憧れて演技してるんだよ」
「くそう、暴れてやる」
「お前はそれが似合うよ」
了
2007年8月12日
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