小説 川崎サイト

 

とどのつまり


 疋田はある年齢に達したとき、若い頃から思っていた状態ではないことに気付いた。もっと早く気付いてもおかしくない。どれだけのんびりしていたのだろう。そして年齢を考えると、未だに底辺にいる。もっと進んでいるはずなのに、予定していたところに達していない。それもかなり緩い目の最低限のところだが、それはまだまだ先で、これは一生かかっても無理なのかもしれないような高みに見える。
 しかし、その間、疋田は懸命に生きてきた。努力もした。怠けていたわけではない。だからそれなりの達成感はそれなりに得ていたのだが、何せ低い。
「今頃気付いたのかい」
「そうなんだ。年を考えると、焦る」
「まあ、夢というほどのものじゃないから可能だろ」
「不可能事じゃない。そこはリアルに計算していた。これは少し頑張ればできると、一点集中でね。しかし、手強かった」
「もっと早い目に気付くべきだったよ。僕も今言おうか今言おうかと何度も考えたのだが、言い出せなかった。君は明るい未来を見ていた。目が輝いていた。それに頑張っていた。だから、水を差すような真似はできなかった。本当は誰かが言ってやるべきなんだが、誰も言えなかったねえ。邪魔するようで」
「だから気付くのが遅かったんだ。今だから」
「そのうち気付くだろうと見守っていたんだよ。しかし、遅かったねえ」
「どうしよう」
「先にまだ進むんだろ」
「いや、計算すると、このペースじゃ無理だ。それに壁があって、そこで止まっている」
「あったよねえ、壁。壁があって先へ行けないって、言ってたねえ。でもそれって、やり始めた頃じゃないの」
「そうなんだ」
「じゃ、最初の壁の前で今も留まっているのかい」
「とどのつまり、そうだ」
「じゃ、長年やってるけど、最初の壁から進んでいなかったんだ。もっと行っていると思ったけど。長い年月なんだから」
「その壁を何度も削った」
「何ミリ」
「数ミリ」
「壁は何ミリ」
「1メートルほど」
「じゃ、一ミリ削ったことを前進と言っていたのかい。成果が出たと。上手くいっていると」
「うん、そうだ」
「何か考えがあると思い、僕らは見ていたんだ。それが作戦だと。それに君は元気そうだったし、上手く行ってると言っていたし」
「2ミリ削り、3ミリ目に突入程度だった」
「おかしいとは思っていたんだ。あまり進んでいないので。それで何度もどうなっているのか、聞こうとしたんだけど」
「ありがとう」
「しかし、その年になったけど、やっと気付いたんだね」
「そうだね。自分で気付いたんだ」
「まあ、無理だったんだ。最初から。それに最初の壁にぶつかったとき、普通ならやめるんだけど」
「一度決めたことはやり抜くのがいいと」
「そうだね。いい言葉だね」
「思い描いていた人生ではなくなりつつある」
「また人生設計し直せばいいさ。僕らも若い頃に思っていたことなど、誰もやっていないよ。残っているのは君だけだった」
「あ、そう。僕がトップだったんだ」
「違うけど、まあ、そうだね」
「悪くなかったんだ」
「悪いけどね。まあ、それでもいいけど」
「ああ」
「それで、どうする」
「壁の方が腐りかけていて、あと一ミリ削れば倒れるかもしれない」
「そんなわけない。まだ、その壁にしがみつく気なのかい。気付いたんじゃないのかい」
「しかし、もうこの年だ。他にやることがない」
「じゃ、続けると」
「ああ」
「どこまでのんびりしてるだ」
「おお」
「元気だけはあるんだね。目の輝きだけは怖いほどある」
「おお」
 
   了

 

 


2020年5月28日

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