小説 川崎サイト

 

保身の人


「さて、どうしたものか」と二人が相談している。いつも休憩に入るファストフード店。
 職場のリーダを追い出した。やっとそれに成功したあとなのだが、職場に平和が訪れたのは僅かな時期。すぐに次の禍がやってきた。この二人がその標的となったが、似たような人は多数おり、二人だけが特に、と言うことはない。
 独善的なリーダーに仕切られ、苦しい思いをしたのだが、それを仲間達が追い出した。団結したのだ。これで癖のある職場から、普通の職場になり、普通のルールが普通に通じるようになった。それまでは独裁ということではないが、特殊な論理、それは倫理観ではなく、癖だろう。それに全体が巻き込まれた感じで、縛られていた。
 ファストフード店で休憩中の二人は、そのとき動かなかった。そういう人は他にもいると先ほど述べた。
「自分のことしか考えない人」と言われたらしい。
 また。「保身しか考えていない」とも。
 リーダーを追い出した何人かの中の一人が、リーダー格になったのだが、それほど強い人ではない。仲間との協力がなければ、追い出せなかった。
 意志の共有。仲間同志での共有。ここがポイントで、針で、その針が二人に刺さった。つまり、全体を考えないで、仲間のことを考えないで、自分さえよければいいというところを刺された感じだ。
「その通りじゃないか。それのどこが悪い」
「そうだそうだ。それで普通じゃないか」
「保守的とも言われた」
「防御だよ。普通だろ」
「しかし、攻めなければ、今の職場の平穏はなかったとも」
「今、もう平穏じゃないよ。つるし上げられそうだ」
「敵がいるんだ」
「どこに」
「ここに」
「私達が敵なのか」
「そうなんだ。敵を作らないと、あのリーダーは団結できない。それほどの器もない。前のリーダーはきつかったが、仲間など頼らず、やりたいことをやっていた。追い出されたが、あの人の方がリーダーとして優れていたよ。私は嫌いだったがね」
「保身を図るため、あのリーダーにべんちゃらを言っていたとも言われた」
「あたりまえじゃないか、嫌われると怖いからね」
「しかし、どうする。このままじゃ居心地が悪い。私達は何もしていないのにね。何か悪いことでもしたか。迷惑をかけたか」
「だから、保身が気に入らないんでしょ」
「それに追い出すとき、あまり協力しなかったしね。黙認程度で」
 この二人、かなりのベテランで、前のリーダーよりも年嵩だし、今のリーダーなど子供のような年齢だ。今まで後輩の後輩で、そんな後輩がいたかな、程度の存在だった。
「挨拶しなかったのがいけなかったのかなあ」
「あんな後輩にわざわざ挨拶など」
「でも、リーダーになったんだから、立てよう。盛り立てよう」
「面倒臭いなあ」
「それこそ保身のためだよ」
「別に保身がメインじゃない。それに、すぐに尻尾を振ると、それこそ保身だけの人だと思われるだろ」
「そうそう」
「じゃ、どうする。このままじゃ、つるし上げられるぜ」
「何もしていないのになあ」
「一寸喉を撫でてやれば、ゴロゴロいうさ」
「そうだね。褒めちぎるに限る」
「だから、その態度がやはりバレバレだから、その手は使えない」
「リーダーを変えたらどう」
「変わったばかりじゃないか」
「落とす方法はいくらでもある」
「怖い人だなあ」
 この二人の密議は実行段階になったが、その前に、そのリーダー、自滅した。
 そのリーダーが仲間と思っていた人との意思疎通が悪かったのか、前のリーダーを追い出してから、態度が変わったようだ。
 それで、例の二人、何かするところだったが、その必要がなくなった。
 新しくリーダーになったのは、この二人のベテランのさらに先輩の覇気のない隠居のような人だった。
 
   了


 

 


2020年5月30日

小説 川崎サイト