小説 川崎サイト

 

空飛ぶ照る照る坊主


 夏のような暑い日が続く五月末。ある日、降り出した雨で気温が下がった。まだ梅雨には早いが、三日ほど降り止まない。五月雨、小雨、微雨。まとめて降れば一時間ほどで終わりそうなものだが、そうはいかない。別に小出しで降っているわけでもないので。
 田に水が入り出しているのは、この雨が誘い水になったためだろう。
 生田はそんな雨の降る日に影を見た。二階の窓から下を見ると道路の一部が見える。広い道ではない。しかし、その道脇に水田がある。その端が僅かに見える。
 夜、暗いのだが、住宅地は意外と明るい。外灯が多いためだろう。そのため、路面がよく見える。たまに車が通る前、ライトが濡れた路面を照らし、何とも言えないいい絵になる。光のマジックのように。テールランプの赤も効いている。ブレーキをかけたのだろう。その先に信号のない交差点がある。
 問題は影だ。生田が影を見るようになったのは、その路面が最初。
 何かが動いた。窓からの視野が狭いため、誰かが歩いていたのかもしれない。
 次の日も雨で、蒸し暑いので、カーテンを開け、風を通していた。田んぼが近いのだが蚊は最近いない。
 すると、また影が動いている。見ようによっては人型。
 翌朝は晴れていた。このまま梅雨に入るのではないかと思ったのだが、まだ早い。
 玄関のドアは半分磨りガラス。そこに影。
 その影はさっと消えた。最初に見たとき、動いていなかったように思われた。誰かが通ったとしても、影は映らない。玄関ドアから表の通りまで少し距離がある。すると、玄関前まで誰かが来ていたのだろうか。
 次に見たのは家の廊下。居間からトイレへ立つとき、影が走った。それほど早くはないが、歩くよりも速いだろう。すっと立ち去った。
 生田はこれには驚いた。家の中には生田しかいない。ペットもいない。
 その後も、その影を幾度も見た。
 そのうち影の形が徐々に分かりだした。人型だが首と胴体のくびれがある程度。だから照る照る坊主なのだ。
「照る照る坊主が出ましたか」
「はい博士。これは何でしょう」
「雨が降らないように出たのでしょ」
「そういうことではなく、そんなものがどうして出るのですか」
「それを何度も見られたと」
「はい。それで、こういった話に強い人に相談したくて」
「こういったとは、どういった」
「だから、おかしな話に」
「まあ、見たのだから仕方がありませんなあ」
「照る照る坊主という妖怪じゃありませんか」
 妖怪博士は辞典を頭の中で繰った。別に妖怪辞典を丸暗記しているわけではない。
「きっといたずら者が、その照る照る坊主の中に入り込んで、悪さをしておるのでしょう」
「照る照る坊主って、小さいですよ」
「それが飛んでおるのじゃろ。あれは足も手もないので、飛ぶしかなかろう。しかし首から下は全部マントかもしれんがな」
「しかし、室内にまで入り込んでいます」
「隙間から入り込んだのじゃ。開いてる窓もあったはず」
「風通しで、少し隙間を」
「じゃ、そこから入り込んだのであろう」
「博士、それよりも、照る照る坊主は飛ぶものですか。それに勝手に動きだす照る照る坊主なんていませんよ」
「そうじゃなあ」
 妖怪博士はやる気がないようで、眠そうな顔をしている。カンカン照りが続いていたのに、今度は雨が続き、気温がガクッと下がり、また昨日あたりから暑くなりだしたので、体調が悪いようだ。
 要領を得ないので、生田は帰ろうとした。
「魔除けの御札はいいのかな」
「結構です」
 客が帰ったので、妖怪博士は昼寝の続きをした。
 妖怪博士がやる気を失ったのは、作り話丸出しのためだろう。
 
   了

 


2020年6月2日

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